第834話 昔のゲルダさんの話を聞きました



「それに、料理では私よりゲルダの方が上手いので……」

「え、そうなんですか?」

「あ、えっと……はい……」


 野営をした時、ライラさんはよく料理を担当してくれていたが、ヘレーナさんのように専門の料理人というわけでもないのに、いつも美味しい物を作ってくれていた。

 味付けのおかげなのかなんなのか、ホッと安心するような料理が多かったな。

 だけど、そんなライラさんからすると、ゲルダさんの料理の方が美味しいらしい……そういえば、ゲルダさんは屋敷で待っていてくれることが多いから、料理を作るところを見た事がなかったか。


 予想していなかったので、少し驚いてゲルダさんを見ると、どうしようか迷うように視線をさまよわせた後、小さく頷いた。

 謙遜する事が多いゲルダさんが頷くという事は、それなりに自信があるようだ。


「元々、私の料理はゲルダから教えられた物なのです。孤児院にいる時は、よく料理をしてくれていましたよ。ヘレーナさんのように、料理を作って人を喜ばせるとよく言っていたので、クレアお嬢様に連れられて使用人としてこのお屋敷に来た時は驚きました」

「へぇ~、そうだったんですね。機会があったら、食べてみたいなぁ……。でも、なんで料理人にならなかったんですか? いや、簡単になろうと思ってなれるものでもないとは思いますけど……」


 孤児院にいた頃の事を思い出すように話してくれるライラさん。

 人に歴史あり……と言う程大袈裟ではないかもしれないけど、そうだったのか。

 ヘレーナさんを始め、この屋敷にいる料理人さんを見ていると、料理にかける情熱の凄い人達ばかりだ……料理長であるヘレーナさんの影響も大きいか。

 情熱はともかく、ライラさんよりも美味しい料理を作れるのなら、簡単な職業じゃなくとも頑張れば料理人になれなくはないと思うんだけど。


「私は、料理人として致命的に欠けているものがありましたから……」

「欠けているもの? 美味しい料理を作る以外に、必要な事ってあるんですか?」


 俺はあまり自分で料理をするわけじゃないし、ましてや料理人の事に詳しいわけじゃないから、何が必要な要素なのかわからないけど……。

 見ている限り、美味しい料理を作る事以外に必要な素質に欠けているとは思えないと、俯くゲルダさんに問いかけた。


「その……料理って、刃物を使うじゃないですか? 当然火も使います。一度料理をしたら、必ずどこかを切って怪我をしてしまったり、火傷をしてしまうんです……」

「ゲルダは昔からそうで、私に料理を教えている時もそうでした。幸いにも、大きな怪我や火傷を負う事はありませんでしたけど……孤児院にいる時は良くても、実際に料理人になるとそれで良しとはならなかったようです。私も、屋敷に来たゲルダから聞いた事ですけど」

「えっと……まぁ、確かにいつも怪我や火傷ばかりしていたら、大変ですよね……」


 俯いて落ち込んでしまったゲルダさんの言葉を継いで、ライラさんが教えてくれる。

 これも、ドジの範疇なのだろうか? 転ぶのと違って、包丁などの刃物を使ったり火を使ったりするので、一切怪我をする事はない……というわけにはいかないようだけど……。

 必ずらしいので、全てが不注意とは思えないけど……まぁ、怪我をしてばかりだったら料理人として働くのは、少し難しいか。

 食材を頻繁に触るから、傷口が触れてしまう事もあるだろうし、衛生的になぁ……気を付けるだろうけど、血が出る程だとしたら料理に混ざる事だって考えられるし、いくら美味しくても人に出す物としてどうか、という問題になってしまう。


「……ですので、私の料理はその……」

「そうですね、怪我をしてしまう事がわかっているのに、作ってくれとは言えません。無理はしないでおきましょう」

「はい……申し訳ございません」

「落ち込まなくても大丈夫ですよ。何か、方法がないか考えてみますから」

「え!? 私に料理を作るな、とは言わないんですか?」

「ははは、料理を作りたいのに作るなとは言えませんよ。……これは、多分ヘレーナさんの影響でしょうけど……」


 悔しそうにも見えるゲルダさんは、完全に料理を諦めたようには見えないが、こればかりは仕方ない。

 怪我をさせるのがわかっているのに、俺の我が儘でゲルダさんに料理を作るのを強制はできないからな……落ち込んで謝るゲルダさんに、手を振って気にしないでと伝える。

 とはいえ、このまま諦めると言うのもなんというか、もったいない気がするんだよなぁ……何か、方法がないか考えてみてもいいかもしれない。

 料理に対して、尋常じゃない情熱を傾けるヘレーナさんの影響なのかも。


「本当に、私が人に振る舞える料理を作れるのでしょうか……?」

「きっと、何か方法がありますよ。とは言っても、すぐに考え付きませんし……期待させてしまうだけで、何もできないかもしれないんですけどね……」

「ワフゥ……」

「ふふ、ありがとうございます」


 自分から言い出しておいてなんとも情けないとは思うが、俺だってなんでも解決できる方法を考え付くような、万能な人間じゃない。

 勢いで言ってしまった事を少しだけ後悔しながら、言い訳するように頭を掻きながらゲルダさんに言った。

 せっせと服を詰め込むリーザを手伝っているはずのレオから、溜め息が聞こえたけどそれはスルーしておこう。

 俺が情けない言い方をしてしまったからか、さっきまでの悔しそうな雰囲気がなくなったゲルダさんは、微笑んでお礼を言ってくれた……隣では、ライラさんが静かに頭を下げている。


 うん、ちょっとした雑談とか話から発展してしまったけど、ちょっと真剣に考えてみよう。

 怪我をしてしまう理由がドジにあるとして、それを根本的に解決する方法は思いつかないだろうけど、対症療法的にどうにかする方法があるかもしれないから。

 衛生的に、怪我をしたままなのがいけないのであって、その怪我をすぐに治すとか、少しずつ改善するように練習をしてみるとか……。

 そういえば、ランジ村で生活を始める際に、料理をする人も見つけないといけないから……俺が食べる料理や、住み込みで働く人達に食べてもらう際に、了承を得られたら作れるかもしれないし……とにかく、これに関してはじっくり考えておこう。


 元気を出してくれたゲルダさんが、リーザと笑い合いながら服を畳むのを見ながら、そう決意した。

 俺にはなかったけど、夢を諦めるというのは辛い事で、もしかしたらそれがゲルダさんが自信を持てない原因の一つかもしれないから――。



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