第828話 噛むために用意する物が決まりました



 シェリーが大きさに苦労しながらも噛んだ布ボールは、全力で噛んだわけでもないのに、すぐ穴だらけになって使い物にならなくなった。

 さすがに、犬とは違うかぁ。

 多少の穴があるくらいなら問題ないだろうが、指が簡単に通るくらいの穴を無数にあけられたらなぁ……布を重ねただけよりも、噛み応えがあったようだし、時間もそれなりにかかったけど。

 元々すんなり良さそうな物が見つかるとは思っていなかったし、大丈夫なのかを確かめるためだから、シェリーが悪いわけじゃない。


「ムズムズするのを我慢するのは、大変だろ? リーザ達と遊んでいる時は気が紛れて大丈夫なんだろうけど、ずっと我慢するのは辛いからなぁ」

「キャゥー……」


 シェリー自身、ムズムズを我慢するのはそろそろ限界だったらしく、悩むような鳴き声には溜め息が混じっているようだった。

 常にムズムズしているわけではないだろうけど、それでも我慢には限界があるからなぁ……ちょっと違うかもしれないが、背中の届かない場所がかゆくても手が届かない状況、と考えたら、少しは我慢できない状態が伝わるだろうか?

 布ボールならそれなりの時間噛んでいられたから、同じ物を沢山作ってもらって……というのでも対応できるだろうけど、それだけの布を用意するのも大変だ。

 何か代わりになる物があればいいんだけど……。


「やっぱり、木製が一番良さそうかな? シェリーももう少し力を込めて噛みたいだろうし……」

「ワフ」

「ん、どうしたレオ……シェリー?」

「キャゥ~……ペッペッ!」

「木片、吐き出していますね……」


 どうしようかと空を仰いで考えていたら、鼻先でレオにつつかれたので視線を落とすと、シェリーが木の枝を齧って、器用に破片を口から吐き出していた。

 木の枝は、裏庭に落ちているのを拾って来たんだろうけど、ちゃんと飲み込んじゃいけない物を吐き出せるのか……。

 クレアもシェリーを見て、少し驚いている。

 口の構造がそもそも違うから、ちゃんと木片を飲み込まず、吐き出せるのか疑問だったんだが、問題なくできているようだ。


「……これなら、木製でも問題なさそうだ。もしかすると、金属や石でも大丈夫かな?」

「キャゥー。キュゥキュゥ」

「ワフ、ワフワフ」


 賢くて意思疎通ができる、さらにちゃんとの飲み込んじゃいけない物だとわかって、口から出す事ができるのなら、もしかしてと思ったけど、シェリーが抗議するように鳴いた。

 レオも、それに同意するように鳴いて何度か頷いているな。

 クレアとリーザに通訳してもらうと、なんでも布や木はいいけど、石は美味しくないから嫌だとの事だ。

 美味しいかどうかは今あまり関係ないと思ったが、口の中に入れて噛む以上、嫌な味を感じられるのは避けたいんだろう……緊急事態とかなら仕方ないけどな。


 さらに金属の方は、ちょっと噛むだけなら問題ないけど、折ったり砕いたりするためじゃない噛み方だと、全身に嫌な感じがするから駄目と言われた。

 まぁ、石はただ堅いだけだけど、金属は噛み心地が悪いと考えればいいか……一瞬、アルミを噛んだら……という想像をしかけたけど、鳥肌が立ってしまいそうだったのですぐに顔を振って打ち消した。

 もしあれと似たような感覚なのだとしたら、どうしても我慢できないとかでない限り、自分から噛みたいと思ったりはしないか。


「それじゃあ、それなりの太さの木があれば、大丈夫そうかな?」

「キャゥ。キャゥー」

「さっきの丸いのも、欲しいそうです。すみません、タクミさん、シェリーが我が儘を……」

「いえ、噛み心地が布の方が良かったんだと思うから、これくらいは。おもちゃとか、遊び道具も兼ねているからね。でも、大量の布が必要になりそうだけど……」

「布に関してはご安心ください。着れなくなった服や、使わなくなった物などがありますので」


 木よりも柔らかいけど、その分布ボールは噛み心地が良かったのか、そちらも欲しいと主張するシェリー。

 ストレス解消にもなるから、こういった物の噛み心地は重要だし、我が儘とも言えないだろうから問題ないとクレアには伝える。

 というより、すぐに駄目にしてしまうから、布の方が多く必要だろうし……そちらの方を心配すると、ライラさんからは問題ないとの返事があった。


 着れなくなった服というのは、主にティルラちゃんが成長に伴っての事らしく、決して屋敷にいる女性達が太ったためではない……ともその後に付け加えられたけど。

 あと、男の俺が言うのもあれだが、下着なども多少体型が変化する女性がいるので、使わなくなってシェリー用にできるだろうとの事。

 こちらも、太ったわけではないと言われたけど……体型変化ね……まぁ、女性には色々あるって事だな、うん。


 前の世界と違ってゴムがあるわけでもないし、柔軟性のある下着ってほとんどないみたいだからなぁ……多少伸び縮みする物はあっても、数センチの違いは対応できないようだし……。

 大体は、補修して使い回す事が多いらしいけどな。


「とりあえず、木と布をある程度用意して、シェリーは好きな時に……というかむず痒さを感じたら、それを噛むという事で」

「キャウ!」

「はい。ありがとうございます、タクミさん。相談できたおかげで、シェリーに我慢をさせずに済みそうです」

「パパすごーい!」

「いや……まぁ、レオと一緒にいた経験があったおかげだよ。とはいえ、レオの時とは違って、シェリーはフェンリルなのでどこまで俺の知識が通じるかはわからないけど……とりあえずは大丈夫そうだ」

「ワフ、ワフ」


 石は噛んで砕いたら粉々になってしまうし、木片よりも小さくなり過ぎて、いくらシェリーでも飲み込んでしまう事だってあるだろうし、金属は単純に体の内部に入ってしまうと危険だ。

 噛み心地や味の事もあって、木や布を用意すると決まり、シェリーも同意するように大きく鳴く。

 クレアのお礼に追随するように、リーザも感心している様子だが……まぁ、こっちはよくわからないけど俺が褒められているから嬉しそうにしているだけかもな。

 知識に関しては、昔の経験が役に立ったおかげだけど、この辺りに関しては一度フェンやリルルに話を聞いた方がいいかもなぁ。


 犬と狼……フェンリルとの違いとかもありそうだし、そもそも野生のフェンリル達はどうしているのかとかも聞いてみたい。

 まぁ、俺よりも一緒に過ごす時間が長いクレアの方が、話を聞いておいた方がいいんだろうけど――。



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