第774話 屋敷での子供の雇用について話を聞きました



「わかりました。タクミ様の考え、誠に素晴らしいと思います。しかも、この孤児院の事まで考えて下さり、感謝しかありません」


 説明し終わった後、改めてアンナさんにお礼を言われて、ちょっと気恥ずかしい。

 感謝されたいと思ってやった事じゃないけど、やっぱり人から何かを言われるなら、感謝の言葉が一番だよな。


「あと、さっき言っていた成人していた人の中から、一人か二人……雇いたいとも思うんですけど、可能ですか? もし、孤児院の人手が足りないとかなら、無理にとは言いません」

「いえ、問題ありません。本来なら元々孤児院の外で仕事を見つけて、出ていてもおかしくない者達です。それに、タクミ様が子供を雇って下されば、その分余裕が出ますから」

「すぐに埋まる事も考えられますが、屋敷の方でも雇いますからな。孤児院には大分余裕が出るでしょう」

「良かった。さすがに、子供達だけ連れて行くのも気が引けるというか……せめて、経験のある人がいて欲しかったので。――でもセバスチャンさん、さっき公爵家は成人していない子供を雇っていない、と言っていませんでしたか?」


 レオの事もあって、子供には慣れているつもりだけど、やっぱり知っている人がいた方が心強い。

 子供達も、いきなりよく知らない俺に連れていかれるよりは、行った先で知っている人がいる方が安心だろうから。

 ライラさんやミリナちゃんがいるけど、二人はまた別の担当だしな。


「タクミ様の話を聞いて、屋敷の方で学ばせながら、みっちり使用人としての教育をするのも良いかと思いましてな。それに、ティルラお嬢様と年が近い方が、お互い親しみやすいでしょう」

「タクミさんが、ミリナちゃんを見習いとして屋敷に連れて来て、様子を見てセバスチャンやお父様と相談していたのです。無理はさせない、屋敷でずっと働く事を強制させない、という条件でなら、子供のうちから教える方がいいだろうと。それに、私やタクミ様がランジ村へ行けば、ティルラだけになってしまうから……」

「あぁ、そうだね……今は俺やクレアがいるけど、後々はティルラちゃんだけ屋敷に残る事になるか……」


 エッケンハルトさんに頼めば、ティルラちゃんもランジ村に住むのを許可してくれそうだが、そうなると今度は屋敷を放っておく事になる。

 俺はともかく、クレアもティルラちゃんもいない屋敷で、セバスチャンさんを始めとした使用人を多く雇っている意味は、なくなってしまうからな。

 それだと、維持するための最低限の人がいるだけになってしまうだろうから、雇用を作り出す事はできない……まぁ、使用人を教育する場所としては使えるかもしれないが、そのために使うには屋敷は広すぎる。

 クレアはティルラちゃんだけになった時に、寂しがらないというのは無理でも、気が紛れるように年の近い使用人を雇っておきたいんだろうな。


「孤児院の子供達が、巣立っていくと考えれば喜ぶべき事なのでしょうね。何年も見て来た身としては、少々寂しくもありますが……いえ、クレアお嬢様やタクミ様に必要とされているのですから、喜ぶべき事ですね!」

「院長……」


 考えてみれば、子供達を引き取って面倒を見ているのは、アンナさんを始めとした孤児院の人達で、一時的な宿とは違って、数年……長ければ十年以上面倒を見ている子供だっているだろう。

 公爵家ならまだしも、俺なんかが急に来て雇わせてくれ、そうすれば孤児院にも空きができて余裕ができるだろう……と言っても、すんなり喜ぶ事なんてできないよな。


 ましてや、義務感で子供を見ているわけでもなく、本当に孤児院で暮らす子供達や巣立って行った人達の事を、息子や娘のように思っているアンナさんなら、特に。

 とはいえ、絶対必要な事ではないけど一度言った事だし、今の状態を改善するためにはこうする必要があったんだと考えて、子供達を幸せにするように俺が頑張るしかない。


「俺なんかが言っても、信用してもらえるかわかりませんが……子供達が笑って過ごせるように頑張ります。立派に育て上げるとか言えないのは、情けないですけど……」

「いえ、自信満々に言われない方が、逆に信用できます。頭を上げて下さい、タクミ様。……私はですね、子供達に対して、正解と言うのはないと考えています」

「正解はない、ですか?」


 なんとか、俺にできる精一杯で子供達が笑って過ごせるように、頑張るとアンナさんに言って頭を下げる。

 ここで、自信を見せて必ず立派に育て上げるとか言えない自分が、少し情けないと思う。

 でも、そんな俺に対して頭を上げるように言われて従うと、優しい目をしてこちらを見ているアンナさんに、正解がないという言葉。

 どういう事なんだろう?


「子供達だって人、そしてそれぞれに違う考えや物の見方をしています。それなのに、こうするのが正しいと決めつけても、子供達が立派に育つとは思えないんです。面倒を見ている私達も人、そして子供も同じく人として、お互いを見ながら、そしてその子その子に合ったやり方をするしかないんです。院長なんて偉そうな立場ですけど、私もまだまだ子供達に教えられる事がいっぱいありますよ?」

「アンナさんでも、そうなんですか?」


 アンナさんは、優しい人というのは話していてよくわかるし、間違いないと思う……子供達の事をよく見て、きっとすごく懐かれているんだろうなという事も。

 そして、長い間孤児院で色んな子供達を見て来たのだから、俺からすると子育てのベテランと言えるんだけど……そんなアンナさんでも、子供達から教わる事があるらしい。


「もちろんですよ。子供によって褒め方も変わったりしますから。当然ながら、悪い事をしたら叱りますけどね。褒めるばかりでもいけませんし、叱るべき時は叱らないといけません。それに、子供には子供なりの理屈があるので、大人の理屈を押し付けてもいけません……」

「タクミ様、院長は怒ると怖いんですよ? 私は、あまり怒られませんでしたけど」

「ライラは、なんでもそつなくこなして要領がいいのです。自分が悪い事を人に押し付けたりはしませんでしたが、自分を悪く見せない事は得意でしたね?」

「院長には、いくつになっても敵う気がしません……」

「ははは……」


 場を和ませるためか、ライラさんが冗談交じりに院長が怖いと言うけど、逆にアンナさんから反撃されている。

 苦笑する俺に、クレアやセバスチャンさんも朗らかにライラさんを見ていた――。



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