第755話 デリアさんが応募してきた理由を聞きました



「……もう、とは?」

「タクミ様が、意識を変えたのですよ。まぁ、大部分は獣人に関する噂を昔の事として、差別する考えはありませんが……一部では良からぬ者が利用しようとしていましたからな。それに、貴女のその持つ帽子です」

「これ、ですか?」


 意識を変えたとまで言われると、そんな大事になる事をやってしまったのかという気分になるな……あと、良からぬ者というのはディームの事だろうな。

 さらにセバスチャンさんが示したのは、デリアさんが持っている今まで被っていた耳付き帽子。


「これは、この街に来て見つけた物で……思わず買ってしまいました。それまでは別の帽子を被って隠していたんですけど、やっぱり耳が抑えつけられるのは気持ち悪いので……」

「そうでしょうな。その帽子ですが……タクミ様が獣人のためにと考えた物なのです」

「そうなんですか!?」


 正しくはリーザのためなんだけど……まぁ、大袈裟に言っているとしても、確かに獣人のためと言えるのかもしれない。

 そのおかげで、セバスチャンさんと一緒に被ったままラクトスを歩くという恥ずかしさに耐えないといけなくなったけど……リーザが喜んでいたから、後悔はない。


「まぁ、耳を隠したり目立たなくさせるためですよ。別の意味で目立ってしまいますけど……ラクトスで流行っているようなので、今だとあまり目立たないかもしれませんね」

「はい。おかげで、あまり目立たずにいられましたし、普通の帽子よりも楽に過ごせるので、助かっています」


 人間も大勢耳付き帽子を被っているのだから、街の外から来たデリアさんが被っていても全く目立たないのは、良かったかな。

 やっぱり、差別とかはなくても奇異の目で見られる事だってあるだろうし……俺は、レオと一緒に歩いていたら当然見られるので、もう慣れたけど。


「ほっほっほ、シルバーフェンリルを連れて歩くタクミ様と比べたら、このラクトスで他に目立つような事はありませんな」

「……セバスチャンさん達も一緒に歩いているので、俺だけじゃなく皆が目立っているんですけどね。あと、公爵家の人というのも目立つ要因だとは思います。まぁ、体の大きなレオが一番目立っているのはもちろんですけど……」

「そうです、シルバーフェンリルです!」

「え?」


 結局シルバーフェンリルである事を皆が知っていようといまいと、公爵家の人を伴って歩いていたり、体の大きなレオがいたりする事で、ラクトスで俺は目立ってしまうという事だ。

 まぁ、そのあたりは諦めておいた方がいいんだろう……目立たないようにしても無駄な労力な気もするしな。

 それはともかく、シルバーフェンリルと聞いたデリアさんがいきなり激しい反応。

 さっきまで、しおれさせたり立たせたりと忙しなかった耳は、さらにピクピクどころかパタパタという音が聞こえそうな程動いていた……うーん、猫の耳って意外と動くんだなぁ。


「そのシルバーフェンリルに、いえ……シルバーフェンリル様に会うために私は村を出たのです!」

「え、そう……なんですか?」

「はい! 獣人にとってシルバーフェンリル様は特別な存在! いえ、私は人間に育てられたので、獣人の何を知っているわけではないのですが……それでも、本能のような何かで会わなければいけないと感じるんです!」


 そこまで……なのか? 力説するデリアさんからは、どうしてもレオに……シルバーフェンリルに会いたいという意気込みが窺える。

 確かに、以前獣型の魔物にとって獣人は特別だと聞いた事があるけど、逆に獣人にとってもシルバーフェンリルが特別だったりするのか……?


「えーと、デリアさんは一応、ランジ村で働くために応募してきたのでは……?」

「もちろん、そのつもりです。シルバーフェンリル様の事は、応募をする際に人を襲ったりはせず安全だと説明されました。なので、雇ってもらって真面目に働いてれば、いずれ会う事もできるだろうと思ったんです!」

「そ、そうなんですか……」


 デリアさんの勢いが凄いので、若干気圧され気味なのはともかく、そこまでレオに会いたいのか……。

 もったいぶるつもりもないし、別にレオに何かしようと考える人でなければ会わせるのは構わない。

 もし雇った際にも、ちゃんと真面目に仕事をしてくれれば、志望動機なんてどうでもいいしな……なんて、面談の開始早々志望動機を聞こうとした俺が考える事じゃないかもしれないが……。

 ふむ、レオと会いたいか……。


「ちょうど、デリアさんに会わせたい人もいるので、レオに会うのは構いませんよ」

「本当ですか!? でも、会わせたい人というのは……?」

「それは、会ってからのお楽しみです」

「タクミ様……リーザ様ですね?」

「えぇ。同じ獣人なので、仲間ができたと思えたらなと考えまして。周囲が人間だけというよりも、同じ獣人がいた方がいいでしょう?」

「そうですな……私共は人間の中で生まれ育ったので、リーザ様のように自分だけ別の種族だとどう感じるのか、察する事すらできませんが……同種族同士というのならば、会っておいた方が良いのでしょうな」


 デリアさんには悪いけど、リーザに会って驚いてもらおうと思う……なんて、ちょっとしたサプライズというかイタズラめいた事を考えている。

 前もって教えておくというのもありなんだろうけど、リーザもいきなり会うようになるので、同条件にしようとな。

 どちらにせよ、レオに会わせるのならリーザにも会う事になるだろうし、丁度いい。

 というか、ランジ村で働く事になったら、絶対にレオやリーザと会う事になるんだから、今会わせておいた方がいいだろう。


 セバスチャンさんが、デリアさんに聞こえないよう小声でコッソリ話すが、その表情は楽しそうに見える事から、俺と似たような事を考えているっぽい。

 こういった驚かす仕掛けを考えるのは、エッケンハルトさんと近しいからなんだろうけど……俺、影響されてきているのかもなぁ。

 悪い気はしないし、悪い事をするんじゃないんだから、いいか。

 面談が終わった後は、近いから孤児院に寄ろうかと考えていたけど、ひとまずカレスさんの店に行く事を内心で決めた。

 リーザやレオと合流してから孤児院に行った方が、子供達も喜ぶだろうからな――。

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