第753話 気になる女性の素性を聞きました



「うーん……」

「何か気になる事でもありましたかな?」


 三十八番の女性……転びそうになった時は一瞬、椅子に足をぶつけたりでもしたのかと思ったけど、音もしなかったしそうではないようだ

 転ばなかったし、怪我もなく歩いて出て行ったので良かったが、相変わらず耳付き帽子を押さえているし、やっぱりどうにも気になるな……。


「建物の前で転んでいた女性の事ですけど……さっきここを出る時にも、転びそうになっていました」

「そのようですな。面談中の受け答えはしっかりしていたので、ゲルダさんのような癖があるようには見えませんが……人は見かけによらないと申しますからなぁ」

「そうなんですけど、どうにも気になるんですよね……」

「ほぉ?」

「面白そうな表情をしないで下さい……変な意味じゃないですからね?」

「おっと、これは失礼しました。一目ぼれというのもありますから、タクミ様もそうなのかと……」


 どうして、セバスチャンさんはそっちに繋げようとしているのか……さっきの九番の女性との話が、まだ尾を引いているのかもしれない。

 とにかく、俺はそういう意味で気になるとか言っているわけじゃない。


「違いますよ。なんとなくで、これといった根拠とか気になる理由とかもわからないんですけど……ちょっとすみません、あの女性だけ呼んで来るというのはできますか?」

「それは可能です。こういった場では、先に気になった方に話を通すという事もできますので。では……ふむ、デリアさんですね。――すみませんが、先程の帽子を被っていた女性、デリアさんを呼んで来て下さい」

「畏まりました……」

「すみません、お願いします」


 どうして気になっているのか、自分でもわからないモヤモヤがあって、なんとかするには直接話したらと考えた。

 セバスチャンさんにお願いして、三十八番さん……リストに書いてある名前、デリアさんをもう一度ここへ連れて来てもらうよう手配する。

 なんだろうな、凄く既視感を感じるのは、何もない所で転びそうになったり実際に転んでしまったり、受け答えではしっかりしていたりするちぐはぐ感だったり、なんとなく見た覚えのある仕草だったり……。

 いや、ドジっ子はしっかりした受け答えができないわけじゃないから、ちぐはぐ感は言い過ぎかもしれないけど……とにかく、直接話してはっきりさせるため、セバスチャンさんに言われてデリアさんを呼びに行った執事さんの帰りを待った。



「失礼します……」

「タクミ様、先程の女性をお連れ致しました」

「ありがとうございます」


 しばらく後、執事さんに連れられておずおずと入って来る三十八番のデリアさん。

 退場する時と同じで、やっぱり歩き方に少し違和感があるというか、ゆっくり歩いてバランスを取っているように見えた。

 転ばないように気を付けているからだろうか?


「あのー……私、何かしましたでしょうか……?」


 デリアさんは自分だけが呼ばれた理由を、怒られるからと思っているようで、相変わらず帽子を押さえながら怯えた様子でこちらを窺っている。


「あぁ、何かをしたというわけではありませんし、呼んだのはちょっと気になった事があっただけなので……怒ったりというわけではないので、安心して下さい」

「そ、そうですか……ほっ……でも、気になった事というのはなんでしょう?」

「とりあえず、座って落ち着いて話しましょうか」

「はい……」


 怒ったりするわけじゃないので、安心するように言葉をかけながら、まだそのままになっている椅子へ座るよう促す。

 俺も、デリアさんを迎える時に立っていたので、再び椅子へ座る。

 ゆっくりと気を付けながら座るデリアさんを見ながら、部屋に入ってすぐの怯えた様子から、なんとなく違和感というか、気になる理由に見当がつき始めていた……。


「では……デリアさんは、この街出身ではないようですけど……」

「あ、はい。ラクトスから東へ続く街道の途中に南下し、森に近い場所にあるヴレイユ村から来ました」

「ヴレイユ村……」

「タクミ様、ランジ村よりラクトスに近い場所にある村です。暮らす人の数はランジ村より少々多いくらいで、森の近くで畑からの作物と森の木を木材として売る事で、生計を立てている村となります」


 ふむ、農業と林業をしている村、という事か。

 ラクトス周辺は大きな森が南にあり、北はラーレがいた山だが、その山の周辺にも森がある事で、木材が豊富なんだったな。

 セバスチャンさんの説明に頷き、なんとなくヴレイユ村がどういう場所かを想像。

 南で森に近いとなると、フェンリルの森の端っこという事だろう……クレア達と入った森から、南東に進めばたどり着けるかもしれないな……わざわざ森を通って行く理由はないけど。


「デリアさん自身が、村の出身だから、先程の会談では村の外から来た人が差別されたり……という事を気にしていたのですか?」

「村は、小さな場所で完結されています。なので、外から来る人を歓迎しない場合もある……と聞いています。ヴレイユ村はそうではありませんが……でないと、私を育ててはくれなかったでしょうから」

「……デリアさんは、その村の出身ではないのですか?」


 村の人から、そういう事もあると聞いたくらいなんだな。

 最後に、小さく呟いたのを聞き逃さなかった俺は、簡易的な番号リストに書いてあるデリアさんの情報を見ながら、改めてもう一度質問。

 リストには名前と番号、性別と年齢、出身が書かれていて、その中にしっかりヴレイユ村出身と書かれていた。


「あ、いえ……ヴレイユ村で間違いありません。私は、物心つかない頃、ヴレイユ村の木こりに拾われたんです。それから、ずっとヴレイユ村で育ちました。本当の出身……出生地については、申し訳ありませんけど、わかりません」

「あぁ、そこまで細かく調べる意図で聞いたわけではありませんから、謝る必要はありませんよ。――セバスチャンさん、この周辺はそういった話が多いのですか?」

「孤児院がいっぱいになる理由にも繋がるのですが、ラクトスは王都へ行くための通り道でもあり、交易をして栄えている場所でもあります。ですので、各地から人が来るのですが……その際に何かしらの事情で子供を……という事もあるようです。公爵領だけでなく、バースラー伯爵領やその他の隣接する領地からも、人が来ますからな」



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