第612話 アンネさんが原因になっていたようでした



 エッケンハルトさんにも信用されたようで、俺の事を試すようにしたと軽く頭を下げられた。

 まぁ、エッケンハルトさんの気持ちはわかる気がするから、特に気にする事はない。

 俺だって、リーザといい雰囲気の男が現れたらと考えると……というのは、今考えるのは止めておこう。

 エッケンハルトさんに笑って返しながら、こっそり息を吐き、レオも同じように声を漏らしていた。

 威圧感や迫力がすごかったからな……かなり緊張した。

 とにかく、二人の信用を損なうような事はしないように、気を付けよう……もちろんクレアさん達の信用もだ。


「んぐんぐ……ふぅ……先程の事があったから、少々焦ってしまったようだな?」

「そうですな。状況としては楽しいものでしたが、本人達の意思というのが一番重要なのです。若い者に任せておくのも、ある事ではございませんなぁ」

「父親として、タクミ殿の考えを聞いておきたかったからな。心配する必要はなかったが……もう少し肩の力を抜いてもいいと思うのだがな?」

「そこは、それだけ誠実に考えてくれていると思うべきでしょうな」

「あの、焦ったというのは?」


 再びロゼワインを飲み干し、息を吐くエッケンハルトさん。

 どうやら向こうも緊張したらしく、ようやく肩の力を抜く事ができた様子。

 先程というのは、夕食後の風呂に関係する話だと思うが、焦るような内容ってあったかな?

 セバスチャンさんとエッケンハルトさんの二人が、食堂の混乱を見て楽しんでいたというのは確かだが。


「アンネリーゼの発言だな」

「アンネさんの? ……もしかして、一緒に風呂にっていうあの?」

「うむ。まぁ、タクミ殿があぁいった誘いに乗るような人物ではない、と思ってはいるが……男だからな……」

「まぁ、確かに男としては、誘われて嫌な気はしないですよね……乗るかどうかは別として」

「ほっほっほ、若いですからなぁ。私も男なので、気持ちはわかります」

「私もだな。当然、タクミ殿の言う通り乗るかどうかは別として、だ」


 アンネさんによる爆弾投下……一緒に風呂に入ると言う言葉だが、男として誘われて嬉しくないわけじゃない。

 ましてや、アンネさんも美人だからな、若干どころではなく、結構残念なところもある人だが。

 とはいえ、本当にその誘いに乗るかどうかという話は別。

 クレアさんの事を考えておきながら、アンネさんの誘いにほいほい乗って行くのはさすがに不誠実と考えている。


 ……なし崩しで、アンネさんの所に婿入りするような、既成事実になりかねないし。

 ただまぁ、エッケンハルトさんもセバスチャンさんも、男としての感覚を当然持っているので、誘いに乗らないだろうとは思いつつも、もしかして……と考えて焦ったのかもな。


「……旦那様、昔はあれ程簡単に誘いに乗る方でしたのに」

「こらセバスチャン、その事は言うんじゃない! 私は、ちゃんと節度は守っていたぞ!? だが男として、誘われたのを無碍にはできんだろう!」

「ほっほっほ……私だけでなく、先代様の心配事の一つでしたからなぁ……女性関係で身を滅ぼしたりはしないかと」

「心配される程、軽薄に女性と接していた覚えはないのだがな……」

「場合によっては、女性に刺さる可能性すら考えていましたが……。そのため、身辺警護には男性の兵士を付けておりました」

「……やけに厳重に、しかも暑苦しい者ばかりだったのはそのためか……はぁ……」

「今明かされる真実ってやつです……かね?」


 ホッとしたのも束の間、エッケンハルトさんに飛び火して、昔の話になってしまった。

 厳格な人物という雰囲気はないエッケンハルトさん、確かに若い頃はそうやって浮名を流すという事をしていてもおかしくはないか……髭を剃っている今だと特にわかるが、美形だしな。

 公爵家の令息であるという事も関係して、さぞ色んな女性からの誘いがあったんだろうなぁ。

 据え膳食わぬは……とか、実際にあり得てそうだ。

 さすがクレアさんやティルラちゃんの父親だと思うと共に、どちらかというと童顔でも美形とは言えない自分が少し悲しい。


「私の事はいいのだ、今は。とにかく、タクミ殿が真剣に考えているという事で、安心した。できれば、そのままクレアと一緒になって欲しいがな」

「一緒にって……気が早くないですか?」

「なに、男女としての関係を持つのなら、当然付いて回る事だ」

「まぁ、そうですけど……」

「あの小さかったクレアが、ついに嫁に出ると考えると、感慨深いな……」

「いやいや、本当に気が早いですって!」


 まだ本当にクレアさんが好きなのかどうか、というのがわかっていないし、そもそもクレアさんが本当にそれでいいのかすら確認をしていない。

 勝手にここで決めてしまうのは、気が早すぎるだろう。

 公爵家の令嬢なのだから、軽々しく付き合ったりできない人なのはわかるけどな。

 というか、嫁に出るって……。


「クレアさんをお嫁に出していいんですか? 一応、長女……エッケンハルトさんの一番上の子供でしょう? 跡継ぎとかの問題もあるのでは? 女性が貴族家の当主になれるとは聞いてますけど……もしかして、実は他に兄弟姉妹がいるとかですか?」

「旦那様の子供は、クレアお嬢様とティルラお嬢様で、他にはおりませんよ、タクミ様……他に隠し子がいなければ、ですが……」

「さすがに私でも、そんな事はしておらん。――んんっ! タクミ殿の言う通り、男女関係なく当主にはなれるようになっている。初代当主様もそうだしな。まぁ、本当に嫁に出るかどうかは、クレアとタクミ殿の意思次第だ。クレアとティルラの両方が出て行ってしまうのは、さすがに困るが……次期当主は指名制で、例え上の子供でも、継げるとは決まっていないぞ」

「そうなんですね……でも、もしクレアさんが嫁に出たらティルラちゃんが、次期当主になるんですね……」

「そうなる可能性が高いな。だが、それこそタクミ殿とクレアの子供でも、構わん。多少気にする者はでるだろうが、一族が繋がっていれば問題にはならんよ」


 女性でも当主に、というのは公爵家の初代当主様がいるから、なれるんだろうというのはわかっていた。

 でもクレアさんは長女で、他に兄弟とかがいないのなら次期当主として決まっているんじゃないかと思ったんだが、そうではないらしいな――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る