第609話 エッケンハルトさんに呼び出されました



「旦那様がお呼びです。今なら、クレアお嬢様やティルラお嬢様も抜きで話ができるからと……」

「エッケンハルトさんが、俺に? どんな内容なのか、聞いていますか?」

「いえ、私は何も。ただ、タクミ様を呼んで来てくれと。寝ていたら、邪魔するのも悪いから起こさなくとも良い……と言われました。部屋へ行ったのですが、ライラさんとリーザ様しかいなかったので……」


 寝てたら起こさなくてもいい、という事は深刻な話というわけじゃないんだろう。

 もしかすると、寝付けなくて話し相手を探しているとかかもしれない。

 クレアさんだと、早く寝て下さいとか注意されそうだし、ティルラちゃんはまだ幼いから、遅くまで付き合わせるのもいけないからな。


「そうなんですね。寝ていても大丈夫なら、重要な話というわけでもないのかな? 風呂で温まり過ぎたので、裏庭で涼んでいたんですよ。手間をかけてすみません」

「いえ、これくらいは構いません。では、旦那様は食堂で待っているので……」

「はい……」

「ワフ」

「お、レオも来るのか? 先に部屋へ戻って、リーザと一緒に寝ててもいいんだぞ?」

「ワフワフ。ワウ」

「いや、エッケンハルトさんは俺に妙な事をしたりはしないが……まぁいいか。それじゃ、レオも一緒に行こう」

「ワフ」


 ゲルダさんに頷き、一応謝って食堂へ向かおうとする俺に、レオがピッタリ横に張り付いた。

 一緒に来たいようだが、エッケンハルトさんを微妙に警戒している様子なのはなぜなのか……。

 確かに、時折妙な行動をしたり、本当に公爵家の当主なのか疑問に思う時があったりもするが、俺に対して何か仕掛けるという人でもないだろう。

 深夜に俺を呼ぶという事で、何かしらレオの警戒心を刺激したのかもしれないが、特に気にしないようにして、ゲルダさんと共に食堂へと向かった。



「失礼します。タクミ様をお連れしました」

「失礼します、エッケンハルトさん、何か話があると?」

「おぉ、タクミ殿。来てくれたか。まだ寝ていなくて良かったぞ」

「タクミ様、旦那様が申し訳ありません」

「いえ、寝ていたわけでもありませんので、大丈夫です。……しかし、お酒ですか?」


 食堂へ入ると、いつもの席でグラスを傾けるエッケンハルトさんと、後ろに控えるセバスチャンさんに迎えられた。

 俺が来て嬉しそうなエッケンハルトさんと、こんなな時間に呼び出した事に申し訳なさそうにしているセバスチャンさんが対照的だ。

 まぁ、俺自身が眠くて仕方ないというわけでもないから、気にはしていない。

 リーザをライラさんに任せているのが、ちょっと申し訳ないと思うが……。


 それよりも、エッケンハルトさんが飲んでいる物の方が気になった。

 淡いピンク色の飲み物はロゼワインだろうが、この時間にお酒……寝酒かな?

 夕食の後にも、薬酒を飲んだのになぁ。


「ワインが美味しくて、ついな」

「ワフ!」

「おぉう……タクミ殿、妙にレオ様が私を威嚇しているように見えるのだが……?」

「あー、レオ。大丈夫だから、落ち着きなさい。――レオは、エッケンハルトさんが俺を夜に呼び出して変な事をするんじゃないかと、警戒しているみたいなんですよ」

「ふむ、変な事……か。もしかすると、レオ様は直観も鋭いのかもしれんな」

「え?」

「まぁ、とりあえず座って話そう。タクミ殿だけ立ったままというのもな」

「はい……」

「お飲み物は……?」

「それじゃあ、俺もロゼワインを」

「畏まりました」


 ロゼワインが美味しいのは、既に何度も確認しているが、もしかしたら普段もこうして夜な夜な飲んでいたのかもしれない。

 グラスを傾けるエッケンハルトさんを、どうして今更警戒するのかわからないが、レオが少し強めに吠えて威嚇。

 少し及び腰になったエッケンハルトさんが、俺に弱々しい視線を向ける。

 シルバーフェンリルの事をよく知っている人だし、ある程度慣れるまでは怖がっていたから、威嚇されてそうなるのも無理はないか。


 そう思いながら、落ち着かせるように風呂に入って綺麗になった毛を撫でながら、エッケンハルトさんに話す。

 すると、気になる事を言われたが……まずは座る事を促される。

 何か、エッケンハルトさんから深刻な話でもあるのか……?

 疑問に思いながらも、素直に従っていつもの席に座ると、レオがエッケンハルトさんと俺の間に体を割り込ませるようにして、お座りの体勢。


 お座りしてはいるが、いつでも動き出せるようにしてエッケンハルトさんへ顔を向けているのは、直観や何かで不穏な気配を察しているからなのかもしれない。

 というか、レオが警戒する程の事って、もし何かあったら俺に対処できそうにないんだが……何もないよね?

 とりあえず、セバスチャンに聞かれたのでどうせならと、ロゼワインを頼んでおいた。

 以前の経験から、理由はわからないが酔わない事はわかっているので、お酒を飲んでも問題はないはずだ。

 お茶を用意するよりも、エッケンハルトさんと同じ物の方が、すぐに準備できるはずだからな。


「どうぞ……」

「ありがとうございます」


 ゲルダさんが用意してくれたグラスに、セバスチャンさんがロゼワインを注いでくれる。

 お礼を言っている間に、ゲルダさんは食堂から出て行ったので、今この場にいるのはセバスチャンさんとエッケンハルトさん、俺とレオだけになった。


「ふむ、やはりこのワインは美味いな……」

「はぁ……ん、そうですね」


 俺のグラスにロゼワインが注がれた事を確認し、エッケンハルトさんが自分のグラスを煽って、ワインを飲み干す。

 それを見て、俺もグラスを持って一口……相変わらず美味しいワインだ。

 ラモギを入れているから、ピンク色になってはいるが、味はランジ村で頂いたワインと同じ物だからな。

 それはともかく、グラスに並々と注がれたワインを、ビールの一気飲みをするようにゴクゴク飲むのは、どうなんだろう……エッケンハルトさん。


 豪快な飲み方は、エッケンハルトさんらしいと言える。

 すぐにセバスチャンさんがお代わりを注いでいるし、今は飲み過ぎを注意したりするよりも、場を大事にしているんだろう。

 という事は、話の内容をセバスチャンさんも知っているんだろうな――。



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