第594話 夕食中に話を切り出されました



 走り続けているシェリーを、いったん休憩させるため、レオをこちらへ呼んで俺達の鍛錬開始。

 これは以前からやっていた、レオに対して剣を当てられるようにするものだが、オークと戦って少しは自信を付けた俺やティルラちゃんの振る剣は、一切レオに当たる事はなかった。

 ……わかってはいた事だが、動きが早すぎてとてもじゃないが当てられる気がしない。

 レオの方も手加減して動いている事がわかる分、結構悔しい……絶対、いつかは当ててやるからな―。


 そう考えながら、鍛錬後はちょっと強めにレオの体をティルラちゃんと一緒に撫でておいた。

 くそう、気持ち良さそうにしおってからに……。

 ちなみに、エッケンハルトさんは途中でセバスチャン他執事さん達によって、引きずられて行った。

 やっぱり、剣を振っている程暇ではなかったらしい。



「さて、夕食を頂きながらでいいので、聞いてくれ」


 鍛錬も終わり、動いたからか食欲旺盛なレオやシェリー、ティルラちゃんを朗らかに見ながら夕食を頂いていると、豪快に食べ尽くしたエッケンハルトさんが口元を拭きつつ、皆に声を掛けた。

 ちなみに、口元はクレアさんに注意されていた……いつもの事と思えるようになった俺は、公爵家に大分馴染んでいると実感。

 ちなみにシェリーは、レオから課せられた走り込みをちゃんとこなしているので、つまみ食いや盗み食いをせず、皆と一緒に食事をする時はお腹いっぱい食べていいとレオからお墨付きをもらっているらしい。

 以前は行儀よくちまちまと食べていたシェリーだが、今は動いて疲れた体が栄養を欲しているためか、レオを真似るようにがっついて食べている姿は野性味が増したようにも見える。

 ……クレアさんの従魔という事を考えると、以前の食べ方の方が良かったような気もするが、まぁ沢山食べて成長するのなら、これでもいいかな。


「私が本邸に向けて出発するのは、明後日となった。その間に、森の中での経験を活かし、ラクトスや周辺の村々へのお触れは出そうと思う」

「お触れというと、フェンリルに関する事ですね?」

「うむ。今回森へ行った事で、フェンリルと直接対話出来た事が大きいな。さすがにお触れを無視してまでフェンリルに挑んだ者を擁護する事はできないが、森にいるフェンリルは人間を害する意思がないと伝えるだけでも、十分だろう。できれば、接触を図ろうとはせず、見つけても逃げる選択をして欲しいものだがな」


 森の中で、フェンとリルルにお願いしておいた事の一つだな。

 人間を見ても襲ったりせず、見逃して欲しいと。

 元々フェンリル側は何もしていない人間を襲う意思はなく、快諾してくれた……レオがいた事も影響しているかもしれないがな。

 もちろん、フェンリルに襲い掛かった無謀な人間には、容赦する必要はないとも言ってある。


 さすがに、フェンリル達が人間の勝手で無防備に害されるのは本意じゃないからな。

 エッケンハルトさんという、施政者からのお触れなのだから、それを破るような人間はまともな人物じゃないだろうし、そこまで責任を持つ必要はないだろう。

 前もってお触れを出している事によって、もし人間がフェンリルにやられたという事があっても、それはお触れを無視したからであって、フェンリル達に対して討伐隊を組織したりする事はないという、公爵家の意思表示にも繋がる。

 まぁ、最悪の場合はレオを連れて人間側とフェンリル側の説得をしないといけない可能性もあるが、平和が保たれるのならそれも仕方ないかなと思う。


 数日一緒に過ごして、フェンリル達に対して情が沸いたんだろうな……。

 フェンやリルルも、レオと同じく体は大きくても可愛かったし、あとシェリーが一緒にいるのも大きいか。


「シェリーの事もありますからね。フェンリル達が人間の勝手な理由で害されるのは、私も避けたいと思います」

「キャゥー」

「うむ。まぁ、本当にフェンリルの集団を相手にするとなると、人間にも大きな被害が出るだろうからな。それは避けたい考えだ」

「もし、フェンリルを排除するべきなんて声を上げる人がいたら、レオを連れて説得しますよ」

「……それはもう、説得ではなく脅しになりそうな気がするが……その時は頼むかもしれん」

「ワフ? ワウ!」


 クレアさんは俺と同じような事を考えたのか、がっついて食べている最中のシェリーの背中を優しく撫でた。

 人間が近くにいる事に慣れたのか、それともクレアさんだからなのかはわからないが、食べている途中に触られてもシェリーは怒る事はなくなったようだ。

 むしろ嬉しそうに鳴いているくらいだな。

 エッケンハルトさんの言う通り、フェンやリルルのようなフェンリルがまだ他にもいる事を考えると、本当に人間側がどうにかしようとした場合大きな被害が出るのは避けられないだろう。

 そうなる事は領主としても、国としても避けるべき事だと思う。


 もし言う事を聞かない人間がいた場合を考え、レオの方へ手を伸ばして撫でながらエッケンハルトさんに言うと、若干引かれたような気もするが、一応頷いてくれた。

 レオは自分が呼ばれたと思って顔を上げて、首を傾げた後すぐに任せろと言うように頷いて鳴いた。

 シェリーもそうだが、食事に夢中でなんの話をしていたかわからないだろうに、安請け合いするように頷くもんじゃないぞ? 言ったのは俺だけども。


「まぁ、フェンリルの方はお触れを出して様子を見る事にする。それとは別にだな……本邸へ戻る際、ランジ村へ寄ろうと考えているのだ」

「ランジ村へ?」

「うむ。村を実際に見てみないとわからない事も多いからな。それに、クレアが世話になるのだ、一度私も顔を出しておかねばならんだろう」

「公爵様、それは貴族として正しいのでしょうか?」

「貴族としてと言われると、正しいとも間違いとも言えんな。貴族らしい振る舞いとも言えないかもしれん。だが、自分が治める領地ではあっても、娘が世話になる事や、公爵家として働きかけるのだ。村長とは話をしたが、村の者も見ておかねばならんだろう。それに、アンネリーゼの事もあるのだぞ?」

「私の……あぁ、そうですわね……」



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