第520話 緊張していたのは見抜かれていたようでした



「そう言えば、タクミ様の方も最近は当初のような、緊張はなくなっておりますな」

「そうですね……ずっとお世話になっているので、さすがに……ですかね」


 クレアさん達の話から、急に俺の話になる。

 この世界に来て、さらに屋敷でお世話になってから数カ月……さすがにそろそろ慣れて来る頃合いか。

 まだまだ、知らない事の方が多いんだが。


「ほっほっほ、タクミ様がこちらに慣れる一助となれたのでしたら、良かったですよ」

「一助どころか、助けられてばかりで……公爵家の方々や、使用人さん達のおかげで、大した苦労もなく過ごせています」

「……ランジ村の時は、苦労をなさったようですがな? ほっほっほっほ!」

「ははは、そうですね。その苦労はありましたか」

「ワフゥ……」


 焚き火を挟んで向かい側に座っているセバスチャンさんと、お互い笑い合う。

 レオは、俺の横で笑い事じゃなかったんだけど……と言いたそうな視線をよこしながら、溜め息を吐くように鳴いた。

 一歩間違えば大惨事だったのは間違いないし、レオのおかげで助かったよ、ありがとうな。

 感謝を伝えるように、レオの頬を撫でる。


「最初、クレアお嬢様を助けて下さり、屋敷へ来られた際には大分緊張されていたようですがね」

「わかりますか? まぁ、あれだけ大きいお屋敷に入るなんて、初めてでしたしね。それに、色々とわからない事が起きていたので、頭の中は混乱中でしたよ。……レオもこんなに大きくなってなぁ……」

「ワフ?」

「小さくても、大きくなっていても、レオはレオだからな。それに、助けてもらっているから、ありがたいよ」


 大きい建物、という意味でなら日本の方が大きい建物は多くあった。

 だが、公爵家の屋敷のような広い敷地と、人が住んでいる大きな建物というのはなぁ。

 写真だとかではもちろん見た事はあるし、探せば日本にも近い建物はあるのかもしれないが。

 最初だけだが、レオが大きくなっていたというのも、戸惑いを大きくしていた要因の一つなのは間違いないな。


 セバスチャンさんと話しながら、感慨に耽るようにレオを撫でていると、いけなかった? と言うように首を傾げるレオ。

 どちらでもレオだし、一緒にいてくれるだけでも心強いという気持ちを込め、さらに言葉にも出して感謝を伝えた。

 最初は戸惑ったが、細かな仕草とか鳴き方とか、俺にはあまり変わったようには見えないから、すぐに慣れたしな。


「私は、レオ様が小さい時というのは存じませんが……あの時のタクミ様は、緊張と不安……それから、途方に暮れていたような雰囲気を感じましたな」

「そんなに、でしたか?」


 俺がレオを撫でているのを、目を細めて眺めながら、セバスチャンさんが初めて会った俺がどうだったかを言われた。

 あの時の自分がどういう風にセバスチャンさん達と接していたか、ある程度は覚えているが、それから『雑草栽培』だの、魔法だの、他にも色んな事があって、もう遠い過去のようにも思える。

 一応、恥ずかしくないよう俺なりに、なんともないような素振りで過ごしていたつもりなんだが、セバスチャンさんには違う風に見えていたらしい。

 

「タクミ様から話を聞いて行くうちに、納得しましたがな。……私を始め、使用人の一部は気付いていたのではないですか?」

「それは、少し恥ずかしいですね……」

「ワッフワッフ」


 頑張って取り繕っていたのに、セバスチャンさん達にはバレバレだったらしい。

 急に羞恥心が込み上げてきて目を伏せると、レオが笑うように鳴いて息を漏らす。

 ……そうだよなぁ、お前は最初から緊張からは程遠い感じで、どっしり構えてたものなぁ。

 いや、暢気な感じだったかな?

 まぁ、シルバーフェンリルであるレオが強いのだと、はっきりわかる今でこそ、誰も害を及ぼす事ができないから、緊張や身構える必要がないとわかるけどな。

 

「使用人は、お客様をもてなしたりと、様々な人間を見ていますからな。若い者はまだまだでしょうが、慣れている者なら見抜いていたのではないかと。クレアお嬢様が、人を見る目があると話しましたかな?」

「結構な人にバレてそうですね。えーと……そんな事を聞いた覚えもあります。確かあれは、屋敷に行ってすぐだったので、セバスチャンさんは一緒にいなかったですかね」

「そうですか。クレアお嬢様は屋敷で働く者のうち、本邸から来た者以外の全員を、雇う前に必ず一度見ます。以前話した通り、屋敷で働く者の多くは孤児院で育った者なのですが、まず働く年齢になった者を見て、雇うかどうかを決めるのです。本邸の方では、一部の者だけですがね」

「確か、ミリナちゃんも屋敷で働くかどうか……だったとかでしたよね?」

「そうですな。あの子は、クレアお嬢様も良しとしたのですが、本人が了承しませんでした。当然、屋敷で働くかという誘いを断っても、公爵家は悪く思ったりはしません。どのように生きていくかは、その人によって様々ですからな」


 確か、ライラさんやゲルダさんも、孤児院出身だったはずだ。

 本邸でもやっていて、屋敷の使用人のほとんどという事なら、最低でも数年はそうしていたという事か。

 クレアさんは、初めて会った時に俺やレオを見て、危険な相手と思ったりもせず、すんなりと気安く接してくれた事から、人の本質を見抜く才能があるのかもしれないな。

 ミリナちゃんも、結局は使用人ではなく俺に雇われる形で薬の勉強をする傍ら、ライラさんからも色々教えてもらっているし……クレアさんが良しとする人は、皆真面目に頑張ってくれる人ばかりなんだろう。


 ……そういえば、ニックの事もクレアさんはある程度見ていたはずなのに、俺が雇う事に対して何も言わなかったっけ。

 あいつは、ちょっと運が悪かっただけで、見た目によらず真面目な性根をしている……と見抜いていたのかもしれない。

 さすがに、初めて会った時にはそうは感じていなかったんだろうがな。


「クレアお嬢様が人の内面を見て、その方がどういう人物なのかを見抜くのとは別に、私共使用人は、人が取り繕っている表面を見抜く事に努めています。それは、使用人としてお世話をする相手が、何を求めているのか、何をしようとしているのかを察知するためですな」

「お客様もそうですけど、仕えている主人にあまり失礼な事はできませんからね……」


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