第518話 セバスチャンさんが起きて来ました



「タクミ様、レオ様。よろしいですかな?」

「セバスチャンさん?」

「ワフ」


 皆が寝静まった深夜、見張りをしながら焚き火をレオと眺めていると、セバスチャンさんから声をかけられた。

 次の見張り担当だから、早く起きて来たんだろうか?

 レオは、最初からセバスチャンさんが近づいて来る事に気付いていたのか、軽く鳴くだけで済ませていた。

 というか、俺が見張りの当番をしている時って、よく誰かがくるな……昨夜のエッケンハルトさんやクレアさんといい……なんでだろうな?


 ちなみにリーザは、今日も見張りを一緒したいと言っていたのだが、エッケンハルトさんやオークと戦った疲れからか、会議が終わって焚き火の所へ戻った時には既にぐっすりと眠っていた。

 今は、ライラさんとクレアさんが面倒を見ると言ってくれて、女性用テントで寝ているはずだ。

 朝まで目を覚まして寂しがったりしなけらば、初めて俺やレオから離れて寝る事になるな……これが親離れか……違うか。

 リーザは俺の寝る、男性用テントで寝る予定だったのだが、そこでは現在エッケンハルトさんが大きないびきをかいて寝ているため、そちらには任せられない……とはクレアさん談。


 他の人が見ていないところで、リーザを本邸の訓練に誘う可能性もあると、警戒しているのもあるようだ。

 さすがのエッケンハルトさんでも、そんな事はしないだろうとは思うが……。


「こうして、二人で落ち着いて話すのは、初めてですかな? いえ、レオ様もいますが」

「そうですね……魔法を初めて教わった時以来、ですかね」

「そういった事もありましたな。ほっほっほ、軽く教えただけのつもりですが、十分に使いこなしているようで……教えがいがありますなぁ」

「使いこなしているかどうかは……でも、あの時教えて頂いた魔法のおかげで、ランジ村では助かりました」


 初めて習った魔法、初歩ではあるが光を放つ魔法。

 本来の用途は、暗い場所の明かりとして使用するものだが、それと一緒に応用する事も教えられた。

 もしあの時、魔法を教えられなかったら……教えられたとしても、それで時間稼ぎをする方法を聞かなかったら……その場合、ランジ村でレオが来るまでの時間稼ぎはできなかったんじゃないかと思う。

 数秒や数分であっても、もっと酷い怪我をしたり、オークの数に押されてやられてしまっていた可能性が高い。


 最悪の場合、レオが到着した時には、ランジ村の人達がオークにほとんどやられてしまっていたかもしれない。

 セバスチャンさんにとっては、老婆心からの助言だったかもしれないが、俺にとっては生死を左右した言葉だ……感謝しかないな。


「……すぐに必要になるとは、想像もしていませんでしたがな。ともあれ、老人の言葉が役に立ったようで、何よりです」

「はい。ありがとうございます」

「ワフワフ」


 さすがにセバスチャンさんにとっても、念のため教えただけで、すぐ必要になるとまでは考えていなかったようだ。

 そりゃそうか。

 ともあれ、役に立った事は間違いなく、おかげで助かったという思いも込めて改めてお礼を伝えた。

 レオも、セバスチャンさんの方を見てお礼を言うように鳴く。


「ほっほ、レオ様にまでお礼を言われるのは、光栄ですな。ところでタクミ様、少々よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」


 レオにお礼をされて、笑って喜んでいた様子だったがセバスチャンさんは、すぐに少しだけ真面目な雰囲気を作って話を変えた。

 どうやら俺に話したい事があるらしいが、それが目的で時間よりも早く起きて来たのかな?


「今し方、タクミ様にはお礼を言われましたが、こちらからもお礼をさせて頂きたく。おかげさまで、クレアお嬢様だけでなく、ティルラお嬢様や旦那様まで楽しそうです」

「え、いえ……その、割とやりたいようにやっているだけなのですが……」


 どんな話があるのかと思っていたら、クレアさん達が楽しそうだとお礼を言われてしまった。

 確かに、クレアさん達は楽しそうに毎日を過ごしている様子を、よく見ると思うが……。


「それでよろしいのですよ。公爵家の方々は、身分差を重要視しておりません。分け隔てなく人々へ接する気質ではありますが……我々は使用人、そして街の人々は領民として、やはり身構えてしまう事が多いのです」

「それは……そうでしょうね。エッケンハルトさんやクレアさんが気にしないと言っても、貴族であるという事を忘れる事はできませんから」


 セバスチャンさんの言う事は、日本でもよくある事だ。

 基本的に身分差というものが希薄な日本であっても、それは確かに存在した……特権階級という言葉もあるくらいだしな。

 裕福な家庭、国のお偉いさんなど、実際に表立って権力をかさに着る事はなくとも、逆らってはいけない人というのはいた。

 それこそ、規模にもよるが勤める会社の上司だとか、役員、社長ともなると、社員が意見をするのも畏れ多い……という事もある。


 それがいいか悪いかはともかく、上に立つ人であるからこそ、下にいる人達は何も気にせず接したりはできないものだ。

 ましてや王制であり、貴族制度のある国であり世界であるなら、それはもっと顕著に出でしまうだろうな。


「はい、その通りです。ですが、タクミ様はレオ様と一緒におられる事と……失礼かもしれませんが、別の世界からいらっしゃった方。そのおかげか、他の人々とは違う接し方ですからな」

「それは……まぁ、それもあるでしょうけど……ただ俺が礼儀をあまり知らないというだけでは?」

「いえいえそんな、滅相もございません。タクミ様は十分に礼節をわきまえていらっしゃると思いますよ。ただ、やはり接し方、話し方は少々他の人とは違いますな。悪い意味ではございません。それはきっと、この世界の、この国の文化とは違う場所で育ったからなのではと思います」

「それは確かに、そうかもしれませんね」


 日本にも身分差というのは、目に見えない形であったのは確かだ。

 だが、基本的に国民は法のもとに平等であるという、法律もあった。

 そのためなのか、狭いコミュニティでの上下関係はあっても、皆が平等に権利を行使する事ができたし、そういう国で育ったのは間違いない。


 貴族制度というものに慣れていないせいもあるのだろうが、俺が他の人と違うというのは、そういう部分なんだろうと思う。

 まぁ、なんとなくは貴族制度の事や王制の事は知っていたから、最初にクレアさんが公爵家の人だと知った時は焦ったが……。

 今でも失礼な事をしていないか……と思う時はあるが、本人たちが気にしていないという姿勢なので、俺は気軽に接させてもらっている。

 これも、日本で生まれ育った事が関係しているんだろうな――。



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