第515話 獣人の情報を集める事になりました



「うむ。実際その場にいたわけではないが、獣人に対しこの国の人間が圧倒的に不利だったという情報はない。個人の力量は負けていたようだが、数の多いこちらが、むしろ有利だったと言われているくらいだからな」

「つまり、リーザには特別戦う才能があると言う事ですね?」

「そういう事になる。まぁ、推論でもあるのだがな。もっと、獣人の情報が欲しいところだな……」

「獣人の事ですか……ふむ……」

「セバスチャン、心当たりが?」


 リーザには、獣人の中でも戦闘センスが優れているという見方が優勢なようだ。

 確かにオークを軽々と倒すような子供が、獣人の中で普通であるのなら、戦争の時に優秀な兵士が多くなるのは間違いないだろうし、人間がそれだけ不利になる。

 中にはそういった獣人もいたのだろうし、いたからこそ根も葉もないうわさが流れたのかもしれないな。

 とはいえ、エッケンハルトさんやセバスチャンさんでさえ、獣人と接するのはリーザが初めてでわからない事が多い。


 難しい表情で獣人の情報を欲するエッケンハルトさんに対し、セバスチャンさんが顎に手をやって考える。

 それは、何か思い当たる事があるような雰囲気で、エッケンハルトさんだけでなく、俺やクレアさんもセバスチャンさんに注目した。


「いえ……獣人の情報は、おそらく王家と北側の領主貴族が詳しいでしょう。戦争に直接関わっていない南側、つまりリーベルト家にはその情報は少ない……と思いまして。ですが、おそらく本邸の蔵書の中には、獣人に関して書かれている書物もあるのではないかと……」

「本邸か。確かにこちらの屋敷とは違い、あちらの蔵書であれば、何か書かれてる可能性は高いか……」

「ですけど、あの蔵書の中を探すのは、一苦労どころではないのではないですか?」

「……そんなに、書物があるんですか?」

「うむ……タクミ殿のよく知る屋敷、あの建物の半分以上は埋まっている。そう考えるとわかりやすいか」

「それは……相当な量ですね……」

「長年蓄積された結果ですね。あの蔵書は、知識の宝庫としては素晴らしいと思うのですけど……一度埋もれてしまって、もう駄目かと思いました……」

「あの頃は、今よりも……それこそティルラよりも好奇心で動いていたからな、クレアは……」


 国の南側に位置するリーベルト家、公爵家の領地では獣人の情報に関しては少ないというのは、リーザと初めて会った時になんとなく聞いていた。

 あらゆる情報が、通信技術を使ってやり取りされてた日本とは違い、直接話すか書き記すくらいしか伝達方法がないから、仕方ないと言えば仕方ないか。

 直接話すにも、書き記した物を見てもらうにも、長い時間をかけて移動しないといけないからな。

 それはともかく、本邸の書物にならもしかすると、獣人に関する事が書かれている書物があるかもしれないとの事。


 一苦労どころではない書物を探す作業、というのは想像しづらいが、屋敷の半分程度の大きさの建物に本がズラッと並んでいるのなら、思い浮かべられる。

 ……大きめの図書館のような感じかな。

 探すのに苦労するという事だから、ジャンルごとに整理されていたりはしない、ちょっと混沌とした様子なんだろう。

 本の虫とか、本好きだったら喜びそうな場所のようだ。


 それにしてもクレアさん、小さい頃はそういうところで遊んでいたのか……。

 本が詰まっている棚を倒して、体ごと埋まってしまったのかもしれない。

 溜め息を吐くようにしているエッケンハルトさんを見ながら、そういうクレアさんも可愛いな……と思う反面、紙はかさなると重いから、埋もれてしまったクレアさんは本当に危なかったんだろうと思う。

 場合によっては、棚も一緒に倒れて来ていたかもしれないし……結構危なかったのかもしれない。


「書物に関しては、あの者に任せれば良いでしょう。公爵家で働きながらも、理由が書物を読むため……ですからな。……まったく」

「ははは、あいつは確かにそうだったな。あれなら、どこにどんな書物があるのかを覚えていてもおかしくないか。うむ、本邸に戻ったら任せてみよう。あとは、王家や北側の貴族に使いの者を出して、情報収集をするか」

「……セバスチャンさんが、溜め息を吐いているんですが……?」

「あぁ、それはな……その者というのが、セバスチャンの息子なのだ。セバスチャンは、我がリーベルト家に尽くしてくれているが、その者はあまりそういった事を考えていないようでな。父親であるセバスチャンの影響で執事になったはいいが、暇な時は常に書物を読み漁っているようで、あまり真面目とは言い難いのだ」

「……真面目にやれば、公爵家の家令にもなれたのですがな……はぁ……誰のせいでああなったのか」

「あー……そうなんですね……」


 広い場所で整理されていない書物の中から、獣人の事が書かれている書物を探すのに適任がいるらしい。

 セバスチャンさんの表情は、何やら難しそうだが、エッケンハルトさんの方は少し楽しそうだ。

 なぜそうなのかを聞いてみると、どうやらその人はセバスチャンさんの息子さんらしい。

 結構な年齢に見えるセバスチャンさんは、孫がいてもおかしくないようにも見えるから、息子がいる事にはあまり驚きはないが……その人も執事になっているんだな。


 家令という事は使用人さん達のトップという事だろうから、それになれる可能性があるのは優秀な人だというのはわかる。

 その人が誰かの影響で本が好きになり、ひたすら読み漁るってそれ……セバスチャンさんの影響なんじゃ……?

 セバスチャンさんは、説明爺さんと俺が心の中であだ名をつけているように、様々な本を読んで知識を仕入れていて、それを説明するのが好きなわけだが……知識を仕入れるのには多くの本を読まなければいけない。

 それを見て育った息子さんが、本に興味を持ち、そのまま……と考えるのが一番自然な気がするな。


 溜め息を吐いているセバスチャンさんに、貴方のせいですよとは言えないが、エッケンハルトさんやクレアさん、フィリップさんと顔を見合わせて少しだけ笑ってしまった。

 他の人達も、どうしてそうなったのか俺と同じ結論のようだ……。

 鋭く様々な事に気が付いて、優秀な人ではあるんだが、自分の息子や自分に関しては、意外と鈍い所があるのかもしれないな――。


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