第508話 人間には難しい魔法のようでした



「あのー……そもそも、魔法を使って動きを速くするってできるんでしょうか?」


 俺が今まで教わった魔法は、風や火を使った魔法ばかり。

 もしかしたら、風を纏って……という魔法があるかもしれないが、あの時のリーザは体に風を纏っている様子には微塵も見えなかった。

 火や水を使っても、動きを速くするなんてできそうにないし……組み合わせてもどうにかなるようには思えない。

 他にも、そういう作用をする魔法があったりするのだろうか?


「タクミ様。魔法には体に強化を施すものがあるです。私達護衛兵士も含め、ほんの一握りに限られますが、一部の兵士は使う事があります。……切り札のようなものですけどね」

「切り札? というより、体って強化できるんですね……」


 おずおずと質問する俺に、フィリップさんが体を強化する魔法というのを教えてくれた。

 身体強化……とかそういうものだろうか?

 ほんの一握りの人しか使えないという事は、難易度の高い魔法なんだろうが。


「身体強化は、代償というかな……その後に影響が出過ぎるのだ」

「体の力を引き出す事ために、効果終了後に激痛や疲労といったものが襲い掛かります。聞いた話になりますが……限界を超えて運動をした後の筋肉痛よりも、数倍の激痛と、指一本動かすのも億劫な程の疲労感に襲われるそうです」

「効果の程はすごいのだがな。使用者を倍以上の身体能力にすると言われている……使用者の魔法の実力次第らしいが。それと、これは他人にかける事はできず、自分自身にのみ効果を発揮できる。魔力による強化だから、他人の魔力は異物となり効果を発揮できない……らしいな」

「成る程……それは確かに切り札のようなものですね。迂闊には使えませんけど、もしもの時には……と」

「そういう事だ」


 効果が切れた後に、どれだけの苦痛が襲い掛かるのかはわからないが、セバスチャンさんが言うように、酷い筋肉痛と疲労感があるというのなら、簡単に使いたいとは思わない。

 けれど、エッケンハルトさんの言うように、効果が凄いのであればもしも時……それこそ魔物に襲われて自分の命が危ない時には使えるかもしれない。

 まぁ、効果が切れる前に安全な場所に逃げたり、魔物を倒さないといけないが。

 でも待てよ……それだったら今、汚れを落としに行っているリーザは?


「……向こうにいるリーザは、元気そうですね」

「そこが不思議だ。人間が使う魔法だと、間違いなく今頃激痛にのたうち回りながら、疲労感に苛まれているはずだというのに……」


 いや、のたうち回るって……そこまで酷い筋肉痛に襲われるのか……指一本動かしたくないくらいの疲労感がありながらそれって、かなり苦しそうだ。

 それはともかく、俺は視線を向けたリーザを観察しながら、特に問題なく過ごしている事を確認。

 筋肉痛や疲労感などなく、むしろ元気いっぱいで、川の水を手でパチャパチャして笑っている。

 ……川には慣れたようだな。


「それが、獣人特有の魔法なのかもしれません。先程も申しましたが、獣人は人間よりも身体能力が優れている……。それは、体の造りだけの事ではなく、強化の魔法を使える者がいるからなのかもしれませんな」

「ふむ……獣人は魔物だから、という噂が流れた原因とも言える事か。平均的に人間よりも獣人の方が身体能力が高い事は知られているが……一部の獣人は戦争時、恐ろしいまでの力や速度で襲い掛かって来たと聞くからな」

「そうですな。もし、獣人の使う強化の魔法が、人間の魔法とは違って苦痛を伴わないものであれば、それを使って戦闘に参加する者も多いでしょう。もしかしたら獣人は、人間のように火や水を魔法で使う事よりも、内向きの自分の体へ作用する魔法の方が適性が強いのかもしれません」

「うむ。そう考えると、獣人に魔法が使える者が少ないという認識も改める必要があるかもしれん。大小こそあれ、多くの獣人が使っていたのかもしれんな」


 獣人特有の身体強化の魔法は、人間が使う魔法と違って、リスクがない……もしくは少ないという事なのかもな。


「俺が作る身体強化の薬草に似ていますね。まぁ、薬草の方が効果は低いですが」

「そうだなぁ。効果は強くないが、苦痛はないというのは素晴らしいな。使い方によっては、人間の使う魔法よりもタクミ殿の薬草は役に立つという事だな」


 魔法よりも……というのは大袈裟かもしれないが、リスクがない分気楽に使えるというのはあるな。

 とはいっても、身体強化の薬草はそこまで大きく体を強化したりはしない。

 せいぜい、いつもより数キロ分重い物を持てるようになったり、走る速度が少しだけ速くなったりする程度だ。

 それでも、ないよりはマシかもしれないし、自分以外にも使えるという点で便利だ。


 ……もしかすると、シェリーの怪我を治した時、ロエ以上の治癒効果のある薬草を作った時のように、身体強化を強力にした薬草が作れる可能性もあるのか。

 いや、あの時は結局俺は倒れてしまったし、もしかすると作った俺に大きな影響があるかもしれないから、危ない事を考えるのは止めておこう。

 まてよ……獣人に身体強化の魔法が使えるのなら、獣型の魔物……それこそ実際に魔法が使えたシェリーも使えるのか?

 シルバーフェンリルである、レオも……?


「もしかしてなんですけど、シェリーやレオも、リーザのように体を強化しても苦痛がない魔法を使えたりするんでしょうか……?」

「「「……」」」


 ふと思った事を、エッケンハルトさん達に聞いてみると、全員難しい顔をして考え込んでしまった。


「……レオ様やシェリーが魔法を使った時も、人間や獣人程はっきりとではないが、魔力を使っていると感じる事ができたな?」

「はい……ですがそれは同時に、レオ様がオークを斬り裂いたりしている時、魔法を使っていない事を判明させる事ですな」

「もし、もしですが……レオ様がリーザ様のように体を強化する魔法を使ったら……?」

「今でも俺、全力じゃなさそうなレオの動き、目で追うので精一杯なんですけど……?」

「シェリーは使えるか微妙だが、レオ様なら使えてもおかしくないな……」

「「「「あー…………」」」


 今まで見てきたレオの動き……もしあれがリーザのように飛躍的に強化されたら……と想像しかけて、全員で声を漏らしながら考える事を止める。

 そもそもが最強と言われるシルバーフェンリルの、桁違いな能力の一端を見た気がして、全力で思考を逸らして現実逃避をした――。



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