第469話 朝早くに起こされました



「んー……んー……」


 観念して目を閉じたリーザだが、興奮状態に近いため、すぐに寝られるわけでもないようだ

 小さく唸っていたリーザは、しばらくして静かになった。

 規則正しい寝息が聞こえてきたから、ようやく寝たのだろう。

 リーザが寝入ってくれたのを確認し、俺も寝るために目を閉じた。


 その寸前、ちらりと机の上に立てかけてある懐中時計を見たが、寝始めてから一時間以上経っていた。

 リーザに言っておいて、俺が寝不足になっちゃいけないからな……さっさと寝よう。

 

――――――――――――――――――――


「パパー、起きてー!」

「ん……」


 体を揺さぶられるのと共に、リーザの声がして目が覚める。

 もう朝なのかな?


「ふぁ~。おはよう、リーザ」

「おはよう、パパ!」

「ワフ!」


 目を開け、体を起こすと同時に出た欠伸の後、横にいるリーザと、ベッドの横からこちらを見ているレオに挨拶。

 俺が起きた事で、嬉しそうに微笑んだリーザと、レオからの挨拶を受けつつ、窓の方へ視線をやる。


「……まだ少し早くないか?」

「でももう明るいから朝だよ、パパ?」

「それはそうなんだけどな……?」


 窓の外からは、朝日が差し込んで来てはいるが、まだ日が昇ってきたばかりの角度で、早朝と言える時間だろう。

 一緒に懐中時計も見たが、時間は七時にすらなっていなかった……うーん、朝食まで時間はあるし、まだ起きるには早いと思うんだが。

 日本だと大体六時前後といったところか……昨夜は遅めに寝たのに、朝から元気そうだなリーザ。


「だって、今日は森に行くんでしょ? 早く起きればそれだけ早く行けるかと思って……」

「んー、早く起きるのは悪い事じゃないと思うが……森へ行く時間は変わらないぞ?」

「そうなの?」

「あぁ。皆の準備もあるだろうし、早く起きても出発予定の時間は変わらないだろうなぁ」

「そうなんだ……」

「ワフゥ……」


 森へ行く事を楽しみにしていた様子のリーザ。

 完全に遠足前の子供のようだが、実際子供なんだから仕方ない。

 森は魔物も出るから危険だが……リーザにとっては、遊びに行くような感覚なのかもな。

 でも、いくらリーザや俺が早く起きたからといって、森へ行く時間を早めるという事はないだろう。


 森へは十人以上が移動する手はずになっているから、準備もあるしな。

 早く起きた事が無駄になったとわかって、気落ちした声を出すリーザ。

 レオはその様子を見て、鼻先を近付けて慰めるように鳴く。

 ふむ……楽しみだから夜遅くまで寝られなくて、朝早く起きてしまうか……俺にも似たような経験があるから、リーザの気持ちはよくわかる。

 早く起きた事で、遠足までの時間を待ち焦がれて持て余してしまうというのもな。


「まぁ、起きてしまったのは仕方ない。とりあえず、朝の支度だけは済ませておこう。リーザ、できるか?」

「うん。いつもティルラお姉ちゃんに案内されてるから、もう覚えたよ」

「それじゃ、とにかく顔を洗って身支度を整えよう。ほらリーザ、耳の毛に寝ぐせもついてるぞ?」

「え、ほんと?」

「あぁ。さ、行っておいで。多分、途中に使用人さんがいるかもしれないから、ちゃんとお願いするといい」

「わかった! ママ、行こう?」

「ワフ!」


 あまり寝ていないというのに、元気いっぱいなリーザは、俺の言う事を素直に頷き、レオを連れて朝の支度へ向かった。

 早いと言っても朝だし、ライラさんやゲルダさんはまだだろうけど、屋敷内の使用人さんは誰かいるだろうし、任せてしまって大丈夫だろう。

 レオもついているし、リーザの事を可愛がってくれてる使用人さん達だから、嫌な顔をする事はないだろうしな。

 リーザを見送り、自分も支度をしようと欠伸を噛み殺しながら、体を伸ばしつつ、いつもの鏡の前に来たところで気付く。


「俺、こんな風に笑ってたのか……」


 鏡に映った自分の顔は、寝起きで眠そうにしていながらも、口の端が吊り上がって笑っていた。

 予定よりも早く起こされはしたが、それでもリーザが元気で嬉しそうにしているのが、自分も嬉しいんだと実感する。

 誰もいない部屋で、男一人が笑っているのは怪しいな……なんて思いつつ、朝の支度を始めた――。



「パパ、どうするの?」

「ワフ?」


 顔を洗い、寝ぐせの付いた耳の毛を直したリーザとレオが戻って来た後、朝食までの時間を潰そうと思い、裏庭へ出る。

 ついて来たリーザとレオが、俺に首を傾げながら聞いて来るのに対し、笑顔で応えた。


「日向ぼっこというわけじゃないけど、朝日に当たるのも悪くないと思ってな。リーザ、外の空気は好きだろう?」

「うん、大好き!」

「ワフ」


 昨日の昼間に日向ぼっこをしていたし、リーザは屋内にいるより、外にいる時の方が楽しそうだった。

 森へ行く予定もあるから、体を動かして疲れたりしないように気を付けないといけないが、日に当たるくらいなら大丈夫だろう。

 簡易薬草畑を見てくれている執事さんに朝の挨拶をしつつ、日当たりのいい場所を探して裏庭を移動する。

 朝はまだ気温が上がりきっていないため、夜の冷たさと、朝日によって暖まり始めた空気とが混ざる時間。


 この時間に外へ出る事はあまりないため、少し新鮮な感覚だ。

 ……まぁ、日本にいた時は仕事で早朝に出る事もあったから、初めてというわけではないが……周囲に木々が多い屋敷の裏庭は、新鮮な空気が美味しく感じられた。

 仕事に行く時は、今とは心持ちも違ったから、感じ方が違うというのも関係してるんだろうけどな。


「スゥー……ハァー………」

「?」

「ワフ?」

「こうやって、深呼吸をして朝の空気を吸うと、気分も落ち着くし、何だか活力が溢れて来る気がしないか?」

「それ、お爺ちゃんもやってた! 私もやる! スゥー……フゥー……」

「フゥーじゃなくて、はぁー、な? 吹くんじゃなくて、体の中から空気を押し出すように、吐き出すんだ」

「スゥー……ハァー……」

「ワー……フー……」


 日当たりのいい場所で、朝日を浴びながら深呼吸を始めた俺を、不思議そうに見るリーザとレオ。

 深呼吸をして、朝の空気を体一杯に吸い込む事を教えると、リーザのお爺ちゃんであるレインドルフさんもやっていたようだ。

 ……俺がやってる事って、年寄りっぽいのかな? とは思ったが、深くは考えない事にする。


 そんな事を考えている俺の横で、リーザが真似をして深呼吸を始めたが、今までそういった事をした事がなかったのか、息を吐くときに吹くような吐き方だったので、正しいやり方を教えてやる。

 本当に正しい深呼吸かはともかく、朝の空気を吸い込んで、体の中にたまってた悪い空気を出すようにする……という感じで大丈夫だろう。

 何故かリーザに続いてレオも真似してたが……シルバーフェンリルも深呼吸で気分が良くなったりするのかな……?



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