第408話 セバスチャンさんにはわかっていたようでした



「タクミ様、レオ様。夜分遅くにどこへ行かれるのですかな……?」

「ワフ?」


 レオを連れて屋敷内を移動し、玄関ホールまで来たところで、いつも聞いている声に呼び止められる。

 隣にいるレオは、声のした方へ顔を向けて首を傾げた。

 俺もそちらへ視線を向けると、明るい玄関ホールの中央……いつも屋敷を出る時に、見送りの使用人さん達がいる場所にポツンとセバスチャンさんがいた。


「セバスチャンさん、どうしたんですか?」

「それはこちらのセリフですよ、タクミ様。……まぁ、何をしようとしているかは、おおよそ見当がつきますが」

「……ライラさんにも言われました。わかりやすいですかね、俺?」

「ほっほっほ。我々使用人は、仕える人やお客様、お世話をする方達をよく見ていないと勤まりませんからな。まぁ、タクミ様はわかりやすい部類ですが……悪い事ではありませんよ」

「むぅ……」

「ワッフワッフ」


 どうやらセバスチャンさんにも、俺がこれから何をしようとするのかバレていたらしい。

 やっぱり、俺って表情に出やすいのかな?

 隣でレオが笑うように声を漏らしているのが、少し悔しい。

 ポーカーフェイスで冷静沈着、クールな人間を目指しているというのに……と言うのは冗談だし、余計な事だな。


「マルク君から話を聞いたあたりから、随分と内心湧き上がるものを抑えているようでしたからな。……旦那様と、話を逸らすのに苦労しました」

「あー、あの時からわかってたんですね……」


 セバスチャンさんが言っているのは多分、冗談めかしてラクトスを壊滅させるのは……とか言っていた時の事だろう。

 マルク君やセバスチャンさんからディームの事を聞き、獣人とはいえ、まだまだ幼い女の子一人を標的にしていると知って、沸々と悪い感情が出て来ていた。

 リーザを保護して、可愛がっているからという事もあるだろうが、罪もない女の子を標的にしてイジメるというのは、俺としては許せない。

 できるだけ顔に出さないように抑えて、冷静に普段通り過ごすようにしていたんだが……エッケンハルトさん達には隠せなかったようだ。


 セバスチャンさんの言う通り、使用人さん達は俺の事をよく見てくれているからで、エッケンハルトさんは人生経験そのものの違いから……と思いたい。

 クレアさんやアンネさんには隠せてるよな、きっと……。


「無茶な事はあまりしないで欲しいのですが……」

「止めはしないんですか?」

「止めても、タクミ様にとってよろしい事とは思えません。むしろ、我々が対処すべき事であるにも関わらず、行動を起こさせてしまい、申し訳ありません」

「いえ……」


 セバスチャンさんは、俺を止めるためにここにいたわけではないようだ。

 夕食前の話から、俺がやろうとしている事がバレたら止められると思ったんだが、違ったようだ。

 それどころか、謝られてしまった。

 公爵家として、今の所はっきりと実害を被っているのはリーザだけだし、強権を発動してディームを捕まえる事の難しさは聞いているから、仕方ないと思うけどな。


 多くの人に影響が出るだけでなく、被害が出る可能性があるのだから、リーザ一人のために公爵家が全力で対処するわけにはいかないのはわかってる。

 一人の少女を助けるために、公爵家が動く……というのは聞こえはいいかもしれないが、実際に被害を被った人からすると、批判する対象にもなり得る。

 権力があるが故のしがらみ……とでも言うのかもな。


「……止めはしませんが、タクミ様。どうやってラクトスに入るつもりだったのですか?」

「え、いえ……何度もラクトスには行っていますし、衛兵さんも顔を覚えてくれているでしょうから、すんなり入れるかなと……違うんですか?」

「今からラクトスに行けば、到着は皆が寝静まる頃です。ラクトスの門は閉じられていますし、そうそう中に入る事はできません」

「あー、そう、ですか……」


 言われてみれば確かにそうだ。

 ここは日本とは違う、魔物がいる世界。

 夜間に活発になるかは知らないが、多くの人間が活動しない時間には門を閉める事だってあるはずだ。

 そもそもが、日本より治安も悪いだろうし……夜中にわざわざ人を街に入れる事は、ほとんどないだろう。

 野宿が普通にあるから、どうしても街に入りたければ、外で一泊して明るくなってから……という事でもあるんだろう。


「まぁ、レオ様がいるのであれば、可能ではあるでしょうが……まさか、街を囲む壁を乗り越えて侵入、なんて考えていませんよね?」

「いえ、さすがにそこまでは考えていませんでした。……というより、そんな事できるのかレオ?」

「ワフ? ワウ!」

「……そうなのか」


 セバスチャンさんに言われて否定しつつ、レオに聞くと、首を傾げて少し考えた後に、できる! と頷いた。

 ラクトスの周囲を囲んでる壁って、十メートルはなくとも、それに近い高さがあるんだけどな。

 それを飛び越えられるって……一度レオのジャンプ力がどんなものか見てみたい。


「ほっほっほ、そんな事をしたら、無断侵入者として衛兵たちに捕縛されますよ? レオ様がいれば逃げられるでしょうし……蹴散らす……のは少々困りますが……。ですが、そうしていると目的も果たせないでしょう?」

「確かに、そうですね」


 笑顔でセバスチャンさんに言われて頷く。

 確かに、レオがいるからといって、無断で壁を飛び越えたりしたら捕まえられるだろうな。

 早い話が、不法侵入にあたるわけだ。

 逃げたり蹴散らしたりしていたら、肝心の目的を果たす事なんてできやしない。


「そこで、です。こちらを、見張りの衛兵に見せて下さい。門を叩けば、小窓から顔を出すはずなので、そこで見せると中に入れてくれますよ」


 そう言って俺達の方へ近づき、懐から手の平に乗るくらいの大きさの物を取り出すセバスチャンさん。


「これは……紋章?」

「はい。確か以前、クレアお嬢様がタクミ様に見せた事があったと思いますが……それと同じ物になります。それを衛兵に見せる事で、公爵家の使いという事で、中に入る事ができるでしょう。ただし、衛兵以外の者には見せてはいけませんよ?」

「……公爵家の関係者、と思われないためですね?」

「はい。申し訳ありません、タクミ様。後々であれば問題はないでしょうが、今は公爵家とタクミ様の間に、はっきりとした繋がりを示すわけには参りませんので」

「それは、さっきの話で十分に……。気を付けます」



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