第379話 犯人はスラムで見た人物のようでした



「そうですか……レオ様……いえ、シルバーフェンリルに、人間が敵わないと言われる所以を、垣間見た気がします」

「そうですね。ニコラさんやヨハンナさんのように、訓練をして鍛えている人ですら、動けなかったようですから」


 俺もそうだ……体を鍛えてるとはいえ、ニコラさんやヨハンナさん程じゃないが、ほとんど動く事ができなかった。

 なんとか、少しずつ動いてレオの顔へと移動できたが、一歩一歩が随分重く感じた。

 レオが体に力を溜めるのに、時間をかけてたから、何とか間に合ったが……即座に行動してたら、間に合わなかったな。

 こう考えると、本気でレオが怒ってた事が良かっとも言える。


 オークを倒した時のように、それなりの力とかで対処しようとしてたら、素早く動いてただろうしな。

 ……いや、本気で怒ったから重圧のようなものが発生したのか?

 結果オーライ……という事にしておこう。

 誰にも被害は出なかったんだしな、リーザ以外は。


「それでレオ、石を投げた犯人はわかるか? 投げられる前に気付いてたんだろ?」

「ワフ、ワフワフ」

「そうか……やっぱりな……」

「……」


 レオに石を投げた犯人を聞くと、頷きと共に答えが返って来る。

 それは、俺の予想通りの人物だったようだ。

 リーザにもレオが言った事がわかるから、犯人の事を聞いて、こちらを見上げてた顔を俯け、押し黙ってしまった。


「レオ様は、なんて言ったのですか?」

「えぇと……」


 クレアさんとライラさんに、誰が犯人だったのかを説明する。

 石を投げた人物は、以前スラムでリーザをイジメていた奴の一人だ。

 若い男の声とライラさんが言っていたし、リーザに魔物と叫んだ事、俺が人の輪の中で見かけた顔と一致する。

 スラムにいたあいつらのうち一人が、偶然なのかなんなのか、ハルトンさんの店近くに来ていて、リーザを見かけたから……という事なんだろうと思う。


 以前はレオを見て逃げたのに、今回は近くにいたレオに怯える事なく、リーザへ石を投げるのは、大した根性だと思うが、決して褒める気持ちは沸かない。

 俺も、もしかするとその場にいたら、レオと同じく怒ってたかもしれないな。

 今も犯人に対して怒りを覚えているが、ここで取り乱したりしたらレオやリーザに示しがつかないからな。

 なんとか怒りを鎮めて、冷静になるよう努めた。


「そうですか、スラムの人が……」

「レオもそう言ってますし、実際あの時見かけた人物を、移動する際に見ました。間違いないでしょう。それにしてもレオ、お前ならリーザを庇ったり、連れて逃げられたんじゃないか?」

「ワウゥ……ワフワフ、ワーフ。」


 何々? 人間の敵意は慣れてないからわかりづらかった?

 ……まぁ、日本で人の敵意を向けられる事のない生活をしてたんだから、慣れてなくて当然か。

 人懐っこいし、この世界に来ても、好意的な人が多かったからな……公爵家の力が大きいと思うが。

 魔物はまだしも、人に囲まれながら、その中で一人の人物が向ける敵意に気付いて反応しろ……というのは難しいか。


 しかも今回は、リーザに敵意が向いていたみたいだしな。

 さすがのレオも、自分に向けられた敵意じゃないから、感覚が鋭くても厳しいだろう。


「すまないなレオ、怒ってしまって。レオがリーザを守ろうとして、怒ったんだな。リーザも、レオを止めてくれてありがとう。偉かったぞ?」

「ワフゥ。ワフワフ」

「えへへ……」


 とりあえず、理由がわかった事でレオに怒った事を謝り、仰向けのお腹を片手で撫でながら、もう片方の手で、リーザを褒めるように撫でる。

 怒られない事にホッとした息を吐いたレオは、お腹を撫でられて気持ち良さそうに鳴いた。

 リーザも、褒められて照れたように笑い、空気が和らいだ。


「でもリーザちゃん、そんな事をやって来た相手の事を、怒っていないの? レオ様を止めようとしてくれたのは、助かったけど……」


 レオとリーザを撫で、空気が弛緩したところで、クレアさんからの質問。

 リーザに怒ればよかったとか、やり返せば……なんて物騒な事を考えてるわけではなく、単純に疑問、といった感じだな。

 俺はスラムでの事を直接見て、リーザにも聞いていたから納得できるが、それを知らないクレアさんには不思議に感じるのかもしれない。

 自分が悪いわけではないのに、酷い言葉を投げつけられ、さらには石まで投げられるなんて、怒りが沸いてもおかしくないからな……まったく!


 ……おっと、自分で考えてて俺の方の怒りが沸いてきてしまった。

 敏感なレオが、俺の気配に気付いたのか、プルプルと手足を震わせてる。

 レオに怒ってるわけじゃないからな?

 ともかく、深呼吸をして落ち着こう……。


「うん、私は怒ってないよ。だって、怒ると相手も怒って、キリがないから……」


 顔を俯かせ、スラムでの事を思い出してるのか、悲しそうな声で話すリーザ。

 酷い事をして来た相手が悪い……というのは当然なのだが、そういう相手に限ってこちらが怒って返すと、理不尽に怒ったりもする。

 怒りでさらに怒りを呼び、悪循環を招く……なんて、大袈裟な事になるかはその時次第だが、ほとんどの場合、良い方向にはならない事が多い気がする。


「私が獣人だからって、色々痛い事もされたけど……だからって、怒ったらもっと酷い事されたんだ。だから、じっと我慢しようって思って……我慢してたら、相手が疲れて止めてくれるんだ」

「……そう」


 俯き、涙を堪えるようにして話すリーザに、クレアさんはなんと言葉をかけていいのか、わからないみたいだ。

 ライラさんは絶句し、レオは仰向けになった顔を持ち上げ、リーザを心配するように鼻をスピスピ鳴らしてる。

 リーザにとって、じっと耐えて我慢する事が、早く終わるための一番の最善策だったんだろう。

 助けた時もそうだったし、リーザからも聞いているから、その時の様子が目に浮かぶようだ。


 それでも、あの時もう少し、リーザをイジメてた奴らを懲らしめてやっておけば……。

 いやいや、リーザが言ってるように、怒りで返したら向こうも怒るだけだな。

 レオがいて、俺自身も鍛えているとはいえ、過信は禁物だ。

 下手をすると逆恨みだとかで、リーザにまで危害が加わる可能性もある。

 今回のような事は、起きないに越した事はないはずだ……。



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