第370話 リーザとラクトスへ来ました



 ラクトスへ行けないエッケンハルトさんが、肩を落としながら食堂を出て行く姿は、少しだけかわいそうだったな。

 エッケンハルトさんの代わりというわけではないが、クレアさんが付いて来ると名乗り出て、一緒に行く事が決まった。

 その時、小さくガッツポーズするように手を握りしめてたのを、俺は見逃さなかった。

 久しぶりに、街へ行くのが楽しみなんだろうか?


 アンネさんは、縦ロールを蝶々結びになんかしているから髪が絡まって緊急事態だと、部屋へこもった。

 クレアさん曰く、外に出たがらない人らしいが、髪の事で必死なのもあるんだろう。

 髪は女の命……なんて言葉があるくらいだからな。

 縦ロールはまだしも、よく手入れされて綺麗な金髪だから、大事にしているのがわかる。


 ちなみにティルラちゃんは勉強があるから、渋々ながらシェリーと一緒にお留守番。

 シェリーは街へ興味がないらしく、ティルラちゃんと遊ぶつもりのようだったけど、勉強だからあまり構えないんじゃないかな?


「それではタクミ様、出発致します」

「はい。レオ、行くぞ?」

「ワフ」

「わーい。またママと走れるー」


 クレアさんとライラさんが乗る馬車の、御者台からヨハンナさんに声をかけられ、それに頷きながら俺は乗せてもらってるレオに声をかける。

 レオが頷き、一緒に乗って落ちないよう、俺が後ろから支えてるリーザが手を挙げて喜ぶ。


「リーザ、危ないからしっかりレオの毛に掴まってるんだぞ?」

「うん!」


 リーザの手を下げさせ、小さい手ながらもしっかりレオの毛を掴むように言い聞かせて、動き出した馬車へついて行くようにレオが走り始める。

 ニコラさんは、馬車の後ろから馬で付いて来てる。



「この辺りだよね? ママが美味しいお水を出してくれたの」

「そうだね、確かにこの辺りだ」

「ワフワフ」


 ラクトスへの道すがら、リーザを連れて帰る時に喉が渇いたため、レオが魔法で綺麗な水を出してくれた。

 街道と脇に草木があるだけで、あまり特徴のない場所だから、言われなければわからなかったが、リーザは記憶力がいいのか。

 ……泥水をすすって……なんて生活をしてたようだから、よっぽど綺麗な水が美味しくて、印象に残ってるのかもしれないけどな。


「ママ、また喉が渇いた時には、あの水を出してくれる?」

「ワフ? ワフワフ」

「いやいや、今は出さなくていいからな? リーザの喉が渇いた時だ」

「ワフゥ。ワフ!」


 今出そうか? と言いながら速度を緩めたレオを、また普通に走るように言い聞かせる。

 ちょっと残念そうにしながら、わかったと頷き、速度を上げるレオ。

 魔法が使いたかったのか、リーザにいい所を見せたかったのか……両方か。


「あの水、美味しかったなぁ……」

「そんなにか? でも、屋敷でブドウジュースを飲んだり、水やお茶も飲んでるだろう?」

「うん。いっぱい美味しい物が出て来るから、嬉しい! けど、やっぱりあの時の水が一番だよ!」

「ワフ。ワーフワフ!」


 リーザに取って、初めて綺麗な水を飲んだからなのか、あの時の水が忘れられないようだ。

 お爺さんが亡くなって、イジメられたり、俺に助けられて知らない場所へ連れて行かれる時だったりと、色々あった中での美味しい水だったから、特に記憶に刻まれてるのかもしれないな。

 味として、他に美味しい物があっても、思い入れのある物って、やっぱり忘れられないし特別な物になるのも、よくわかる。

 レオの方も、自分が作った水が喜ばれるのならと、いつでも魔法を使うからと言わんばかりに、嬉しそうに鳴いた。



「いらっしゃいませ、クレア様、タクミ様」

「久しぶりね。またお世話になります」

「ハルトンさん、久しぶりです」

「わー、いっぱい着る物があるー」


 リーザ達と話して和みながら、ラクトスの街へ着いてすぐに向かったのは、ハルトンさんのいる仕立て屋。

 初めにクレアさん達に連れられて来た店でもあるし、エッケンハルトさんと初対面する時、俺の一張羅となった服を作ってくれた店だ。

 店の中に入ると、以前と変わらない様子のハルトンさんに迎えられる。

 俺やクレアさんが挨拶をしている横で、リーザは目を丸くして、店内にある服を見ていた。

 女の子らしく、服にはやっぱり興味があるのかな?

 ちなみにレオは、店の外でライラさんとヨハンナさんが見てくれている。


「ほぉ、獣人ですか……」

「何か?」

「いえいえ、獣人だろうと人間だろうと、服を着るのであれば私共にとってはお客様でございます」


 挨拶の終わったハルトンさんが、リーザの方へ視線を向けて、目を細めた。

 孤児院で聞いた噂の事があるので、少し警戒をしてハルトンさんに問いかけると、すぐに笑顔で返される。

 ハルトンさんの見た目年齢からして、獣人に関する噂は当然知っているようだが、差別らしい事はあまりしない様子だ。

 クレアさんが近くにいるから、というのもあるだろうが、ある程度の教育がされてる人は、噂が嘘だと知っているんだろう。

 お客様、という事も大きいのかもしれないけどな。


「今日は、この子の服を作って欲しいのです」

「クレアさん、わざわざ作ってもらわなくても、リーザに合う服があれば……」

「タクミさん、リーザちゃんに合う服はそうそうないと思いますよ? 獣人なのですから……尻尾がありますし」

「そうでございますね。私共も、さすがに獣人の子に合う服は、取り扱っておりません。既存の服を改良するか、新しく作らないといけません」

「あー、確かにそうですね」


 以前俺が来た時のように、早速ハルトンさんに頼んで服を作ってもらおうとするクレアさんを止めようとすると、逆にクレアさんとハルトンさんに止められた。

 確かにリーザには尻尾があるから、早々合う服はないか……それが元で、ここまで買いに来たんだしな。

 ここでは獣人は珍しいみたいだから、服がないのも仕方ない。

 売れる見込みのない服を作って、店に置いておくのは、商売として正しいやり方ではないからな。


「それでは、まず採寸を致しましょう」

「お願いしますね」

「仕方ないですね。それと、もし改良がすぐにできるのでしたら、今日中に数着買って帰ります」

「そうですな……採寸をするついでに、改良を加える箇所がわかれば、数時間でできるかと。今日中にはお売り致します」

「それじゃあ、それでお願いします」

「畏まりました。おーい!」

「はい!」


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