第303話 不審者は無視されました



「……どうしたの?」

「ん、なんでもないよ。ただ、ちょっと忘れてた事を思い出しただけみたいだから」

「そうなんだ……」

「ワフゥ……」


 頭を抱えたエッケンハルトさんを見て、首を傾げて聞いて来るリーザ。

 目の前で、大の大人があんな事になってたら、気になって当たり前か。

 レオも、溜め息を吐いてるようだし……。


「……仕方がない。ここでこうしていても、何も始まらないだろう。……覚悟を決めた! 入るぞ!」

「……わかりました」

「ワフ!」

「……はい」


 頭を抱えている時に、何を考えたのかはわからないが、覚悟を決めた様子のエッケンハルトさん。

 クレアさんに怒られる事を覚悟したのか、セバスチャンさんに小言を言われる事を覚悟したのか……。

 なんにせよ、決意の表情で玄関の扉に挑むエッケンハルトさん。

 ……顔に巻いてる布のせいで、表情がわかりづらいな。


「「「お帰りなさいませ、タクミ様、レオ様!!」」」

「ただいま帰りました」


 俺達が玄関前でまごついてた時から待機していたのか、数人くらいの使用人さん達が集まって迎えてくれた。

 リーザは、いきなり声をかけられた事にびっくりして、言葉を無くしてる。


「あ、レオストップだ。すみません、濡れた雑巾か何かはありますか?」

「ワフ?」

「はい、こちらに……」

「ありがとうございます。レオ、忘れてたな? ちゃんと足を拭かないと駄目だろう?」

「ワフ!? ワフ……」


 近くにいた人に声をかけ、雑巾を受け取る。

 既に準備していたようだ……さすがだな。

 レオに声をかけつつ、前足、後足と雑巾を使って汚れを拭き取る。

 忘れてた! とばかりに驚いたレオは、済まなさそうに頭を垂れた。


 今日は結構色んな所を回ったから、結構汚れてるな……肉球の間もしっかり拭いて……っと。

 ん、リーザが興味深そうに見てるな……拭きたいのかな?


「タクミさん、レオ様。お帰りなさいませ」

「あぁ、クレアさん。ただいま帰りました」

「ワフワフ」

「……クレア」

「?」


 レオの足を拭きながら、リーザにもやらせてみようかなと考えていると、使用人さん達の間からクレアさんが進み出て来た。

 それに答えつつ、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がり、クレアさんに帰宅の挨拶をする。

 レオも同様だ。

 エッケンハルトさんは、クレアさんが出てきた事で体を竦ませ、声が小さくなる……さっきまでの決意はどこへ?

 リーザの方は、知らない女性を見て首を傾げるばかりだ。


「そちらの女の子は?」

「えぇとですね……話すと長くなるのですが……」

「……えぇと、クレア?」

「そうですか。耳と尻尾が……獣人ですか?」

「えぇ。そのようです。クレアさんは、獣人は?」

「人間の隣人だと考えています。……その様子だと、獣人の事も?」

「……おーい、クレアー?」

「……えぇまぁ。孤児院にも行きましてね。そこで色々聞きました」

「そうですか……」


 クレアさんがリーザを見て、俺に聞く。

 街に行ったと思ったら、獣人の女の子を連れて帰って来たんだから、気になるのも当然だな。

 軽く話した感じだと、クレアさんも獣人の事情を知っているようだ。

 特に差別をするような雰囲気はなく、優しい目でリーザを見ている。


 昨日の酔っておかしくなった状態は微塵も感じさせず、いつものように話すクレアさん。

 これは、気にしないように頑張ってるって事かな?

 ちなみに、さっきから視界の端でエッケンハルトさんがクレアさんに、小さい声で話しかけようとしているが、それには一切反応しないクレアさん。

 ……もしかして、結構怒ってる……のかな。


「孤児院では引き取ってはくれなかったのですか?」

「それが……孤児院は今いっぱいらしくて……レオが連れて帰りたいと言うので……」

「レオ様がですか?」

「おーい、おーい」

「ワフワフ! ワフゥ、ワフ、ワフ!」

「そうですか……わかりました。レオ様が、というのなら我が公爵家……全力で支持致します!」

「……レオが言った事がわかるんですか?」

「何となくですけど……タクミ様程完全にはわかりませんけどね」


 そう言って苦笑するクレアさん。

 レオと一緒にいて、何となくわかるようになったのかな? それとも、シェリーと接していたり、従魔にした事が何か関係あるのだろうか?

 ともあれ、クレアさんもエッケンハルトさんと同じように、レオの考えを受け入れて、歓迎してくれるようだ。

 これで、リーザが屋敷でいられる関門の半分は乗り越えたかな。


 ……残り半分は、勿論セバスチャンさんだ。

 ティルラちゃんは近い年ごろの女の子で、すぐに友達になってくれそうだし、ライラさん達にはリーザは可愛がられそうだ。

 けどセバスチャンさんは、執事として時に厳しい判断をするだろう人だからな……。

 とはいえ、特に心配はしていないけどな。


「この綺麗なお姉さんは誰?」

「ははは、リーザ。この人はクレアさんって言って、この屋敷で一番偉い人だよ」

「そうなんだぁ」

「ふふふ……」

「誰か気付いてくれー。おーい」


 リーザがこてんと首を傾けて、クレアさんの事を聞く。

 綺麗なお姉さんと言われたからか、それとも、首と一緒に耳と尻尾が傾けられたのが可愛かったのか、クレアさんはリーザを優しい目で見て微笑む。

 ……本当なら、一番偉い人は当主であるエッケンハルトさんなんだが……使用人さん達と俺達との間で、ピョンピョン飛びながら気付いてもらおうとしている人を、一番偉い人だとは……あまり教えたくないな……そのうちわかる事だろうけど。


「それでは、ここで立ち話もなんですし……客間で話を聞きましょうか」

「そうですね。色々あって、リーザも疲れているでしょうし」

「ワフ」

「おーい、おーい……気付いてくれー」

「はぁ……さっきから気付いてますよ。この不審人物は一体誰ですか?」

「不審人物とは酷いな……」


 このまま玄関ホールで話しててもいけないだろうと、客間へと促すクレアさん。

 皆で移動しようとしたあたりで、ようやくクレアさんが溜め息を吐きながら、ピョンピョン飛び跳ねるエッケンハルトさんに反応した。

 いや、エッケンハルトさん……顔を隠したままの姿で飛んだり跳ねたりしてたら、十分不審者と思います……。

 しかし、疲れとか感じさせずに飛び跳ねる体力は凄いと思う……あんまり尊敬できそうには無いけどな。



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