第282話 屋台で買い食いしました



「はふはふ……んぐ……美味い! こういった物も良いな」

「そうですね。ふー、ふー。ほら、レオ」

「ワフ!」


 カレスさんの店から離れた後は、大きな通りに出てエッケンハルトさんと歩く。

 すれ違う人達の半分くらいが、レオを見て驚いたり、逃げて行ったりしているが、もう半分は特に気にしない人達だ。

 一部、レオを拝むようにしている人もいるけど……もしかして始めてラクトスに来た時、レオに触れた人かな?

 何度かレオを連れて来てるからか、多少は慣れてる人もいるようで少し嬉しい。

 レオは、誰かを襲ったりせず、怖い存在じゃないからな。


 大通りを歩く途中、エッケンハルトさんと屋台で焼かれてる、串焼きの肉が気になった。

 特にレオが、だけどな。

 その場で焼いて渡す形式で、味は牛肉っぽく秘伝のタレを使っているらしく、炭火焼っぽくて大変美味しい。

 3本購入し、それぞれ1本ずつ……レオの分には息を吹きかけ、少し冷ましてから串から外して食べさせる。

 今はどうかわからないけど、犬は猫舌だし、串は危ないからな……レオなら器用に串から食べられそうだが。


「専属の料理人が作る物も美味いが、こういう風に食べるのもやはり美味い物だな……」


 通りに並ぶ屋台を見ながら、エッケンハルトさんが言う。


「やはりという事は、以前にも?」

「うむ……まぁ昔の話だがな。まだ私がクレアくらい……いや、もう少し下の年頃だったか」

「若い頃の思い出ですね」


 昔を思い出すように、懐かしそうに眼を細めるエッケンハルトさん。

 今のように、公爵家の当主ともなれば、外に出るのにも護衛が付くだろうけど、その頃はまだ当主にはなってなかったんだろう。

 クレアさんは女性だから護衛が付くのかな? とも思ったが、エッケンハルトさんにも護衛が付くのが普通な気がする。

 もしかして、今回みたいに屋敷を抜け出した時に……とかかもしれないな。


「時にタクミ殿、アンネリーゼはどう思う?」

「また、男女の関係がどうとか、そういう話ですか?」

「違う違う! そうじゃなくてだな……お、オヤジ、3つくれ!」

「はいよ!」


 急にエッケンハルトさんから振られるアンネさんの話。

 ラクトスに来るまでの事があるから、そういう事かと思ったが、違うらしい。

 気になった屋台の前で足を止め、話しの途中で注文をするエッケンハルトさん。


「ほぉ、これもまた美味そうだ……それでだな、タクミ殿。アンネリーゼの事なんだが……タクミ殿から見てどう思う? 性格とか、考え方の話だぞ?」

「鳥肉ですか……確かに美味しそうですね。 アンネさんは……前に二人で話しましたけど……俺の感覚で良いですか?」

「うむ、それで良い……ほふほふ、これも美味いな!」

「ありがとよ!」


 エッケンハルトさんは、俺にアンネさんの考え方がどうかと聞きたいらしい。

 鳥肉を焼いた物を受け取り、お金を払ってすぐに頬張りながら、俺に視線を向けエッケンハルトさん。

 大きな声で褒められた事に、笑顔になる屋台のオヤジさんから、残りの二つを受け取りながら考える。

 アンネさんか……そこまでしっかり話したわけじゃないが……部屋に行って話した時の事を思い出しながら、エッケンハルトさんに答える。


「そうですね……アンネさんは、貴族としての常識なのか、自分一人で考える事に慣れ過ぎているかと思います。……んぐ、確かに美味しいですね。ふー、ふー、ほら、レオも」

「ワフワフ!」


 考えて答えながら、鳥肉を食べる。

 塩味の焼き鳥で、これも美味しいな。

 レオは、尻尾を振りながら俺を見ていたので、先程とおなじようにしてから食べさせる。


「自分一人で……か。貴族の常識と言うわけではないんだがな……」

「あぁいえ、貴族の常識というのは……なんていうか特権階級の意識が強いように思うって事ですね。だから、俺に結婚の申し出とかをいきなりしたんでしょうけど」

「成る程な。確かに、貴族の子女は時折、その貴族家のために嫁ぐという事もあるようだ。貴族家は、女性も継げるから、多いわけではないが……まぁ、当主の考え次第だな。だから、相手が自分の家にとって有用であると考えれば、嫁ぐことを厭わないという者もいる。相手がどういう者かは関係なくな」

「女性が継げるというのなら、あまり多くは無いんでしょうけど……その考えはわかります」


 日本にも、そういった事はあるからな。

 俺がいた頃はほとんどなかったと思うが……昔はそういう事が当然、とも考えられてた時代もあったくらいだ。


「そういった意識が強いうえで、一人で考える事に慣れ過ぎているせいで、突拍子もない事を考えるのかな……と感じました。人との関わりを重視していないような……人の内面を考えないような……ですかね」

「ふむ……私も確かにそのように感じるな。まぁ、これは父親であるバースラーのせいだろうな……」

「父親の?」

「うむ。バースラー伯爵家は、私が当主になる前……数十年も前に商売に失敗してな。まぁ、それくらいなら商売をしている貴族家にはよくある事ではあるし、贅沢をしなければ領地からの税収でなんとかなる。そもそも、貴族で生まれた者に商売の事がわかる者が少ないのだ。貴族である者が何かを売れば、それがどのような物でも売れる……しかも、物に見合わない値段でも売れると考える者すらいる」

「それは……確かに失敗するでしょうね」


 一概には言えないが、商品というのは需要と供給で成り立っている。

 需要が無ければ当然売れないし、高く売ろうとするなら、供給を減らして、需要を高めるという手もある。

 だがそれを無視して、需要の無い物を高く売ろうとしても、普通は売れるわけがない。

 無理に売ろうとしても押し売りになってしまうし……売れる物を適正な価格で、利益をむさぼらない値段にしないと、商売なんてできたものじゃない。

 消費者の目は、厳しい物だからなぁ。


「そして、その失敗を取り戻そうと焦り、さらに失敗を繰り返す……」

「悪循環ですね」

「うむ。そうして伯爵家は余裕がなくなって行き、税収すらもそちらに回してどんどん追い詰められて行ったのだ。だから、有効か、人を害すものなのか……とすら考えもせず、アンネリーゼの提案に乗ったのだろうな」



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