第242話 覗き魔が現れました



「貴族間で契約を結ぶのは難しいため、今回の申し出を断る……と言うのはどうでしょう?」

「成る程……契約を理由に断るという事ですね。それだと、アンネさんを傷つける事なく断ることができるかもしれません」

「はい。容姿や性格など、理由を上げて断ってしまえば、どうしても相手を傷つけてしまいますからね。……アンネは少しくらい傷ついても良いと思いますが」

「ははは、できるだけ人を傷つけて断る、という事が苦手なので……俺の性分ですかね」

「そういう優しい所も良いのですが……もう少し、お願いを断る、という事を考えないといけませんよ?」


 おっと、注意されてしまった。

 そうだな……以前フェンリルの森に行く時もそうだったが、俺は強くお願いされると中々断れない性格だ。

 断る事で、相手ががっかりしないか……と考えてしまうのが原因だろうが……クレアさんにとっては、懇意にしている相手が、そこら辺の人にお願いされて、何でも言う事を聞いていたら面白くない……のかもしれない。

 何でそうなるのかは、俺にはよくわからないけどな。


「ありがとうございます。おかげで良い断り方が考えられそうです」

「いえ、お役に立てたのなら……。でも、タクミさん?」

「はい、なんでしょう?」

「今回のアンネのお話、タクミさんにとっては良い事しかないかもしれませんよ? 貴族になれますし……」

「そう、かもしれませんね」


 この世界の貴族制度について、俺はまだよく知らないが……特権階級という事は間違いないだろう。

 それこそ、贅沢な暮らしをしてのんびり暮らす事もできるはずだ。

 ある程度の事はしないといけないとは、思うけどな。

 それでも、日本にいた頃よりは楽になる事は間違いない。

 けど……。


「でも俺は、今の状況が気に入ってるんですよ」

「今の状況ですか?」

「はい。この屋敷にお世話になって、レオと一緒に皆と遊んだり。薬草を作る事で、公爵家や街の人達のためになる事ができたりと、ですね」

「屋敷の事はお気になさらなくても良いのですが……そうですか」

「それに、クレアさんやセバスチャンさん、ティルラちゃんやミリナちゃんと一緒に笑っていられるのが、今は一番楽しいですしね。あとは……そうですね、今日と同じような事はさすがに困りますが、剣の鍛錬や魔法というのも、最近は楽しんでますよ」

「そう、ですか。……私達と一緒が」


 貴族になれる、というのは魅力的な事は間違いない。

 けど、今言ったように、この世界に来てからの生活が今は楽しくて仕方がない。

 以前の、仕事で使われて、疲れ果ててた頃とは全く違う生活。

 レオもいてくれるし、他の人達は優しいしな。

 まぁ、自分が貴族になって、大勢の使用人や領民相手にふんぞり返ってる姿が、想像できない……と言うのが一番理由かもしれないけど……。


「いずれ、この屋敷を出ないといけない事もあるかもしれませんが……それまでは楽しくここで過ごして行きたいですね」

「……そんな……タクミさんがよろしければ、いつまででもこの屋敷にいてくれて良いんですよ……?」

「……クレアさん?」


 何だか、色々語ってしまって少し恥ずかしいが、その恥ずかしさに負けないくらい、この屋敷にいる事が楽しいのだと伝えたかった。

 そうしていると、いつの間にかクレアさんがさっきよりも近付いていて、俺の方に体を寄せて頭を肩に乗せていた。

 ……これだけ近いと、頭から追い出していたクレアさんの良い香りが……!


「タクミさん……私……」

「……クレアさん……」

「いつまででも、この屋敷に……。最初、出会った森で助けられた時から、私……」


 肩に乗せた頭の向きを変え、俺を見上げるように顔を覗き込むクレアさん。

 こんなに近いと、俺が少しでも動いたら……。

 心臓の鼓動が激しく、音がうるさい。

 クレアさんにまで聞こえていないだろうかと、少し心配になってしまう程だ。

 手足がしびれたように動かなくなり、クレアさんから逃れる事ができない……目を離す事もできなさそうだ。

 アンネさんに結婚を申し込まれた時は、こんな感覚になる事はなかったのに……。


「……タクミさん」

「……ワフ!」

「っ!」

「っ!? レオ?」


 クレアさんが何を思ったのか、目を閉じて俺に身を委ねるようにした時、レオが急に吠えた。

 ……危なかった……あと数秒遅れてたら……ん? 何が危なかったんだ?


「フワゥ……ワフワフ」

「レオ、どうしたんだ?」

「……レオ様?」


 急に吠えたレオが立ち上がり、溜め息を吐きながらゆっくりと部屋の入り口に近づいて行く。


「ガウ!」

「うぉ!」

「きゃあ!」

「何と!」


 レオが後ろ足立ちになり、前足でドアノブを引っ張ってドアを開けた。

 ……レオ、お前ドアを開けられるんだな……というのは今は置いておいて、それよりもドアが開くと同時になだれ込んで来た人達だ。


「エッケンハルトさん……?」

「お父様……セバスチャンに、ティルラも?」


 部屋になだれ込んできたのは、エッケンハルトさんにセバスチャンさん、それにティルラちゃんだ。

 ティルラちゃんが小さい体で、エッケンハルトさん達の下敷きになって苦しそうだ。

 下からティルラちゃん、セバスチャンさん、エッケンハルトさん順番で その上にシェリーが乗っていて、ちょっと楽しそうだ……これは遊びじゃないと思うが……。


「く……苦しいです……」

「おっと、すまんな」

「失礼しました」


 下敷きになって、苦しそうな声を上げたティルラちゃんに気付き、サッと体を起き上がらせたエッケンハルトさん達。


「……お父様……まさかとは思いますが……覗いていらしたので?」

「……ははは、いや……まぁ……セバスチャン?」

「……私に振るのは当主らしくないですよ、旦那様」

「ワフゥ……」

「……ティルラ?」

「は、はい! 父様が、姉様が並々ならぬ覚悟を決めて、タクミさんの部屋に行ったので、何かあるだろうからと仰っていました!」

「キャゥ、キャゥ!」

「へぇ……そうなのね……」

「ティ、ティルラ! それを言うんじゃない!」


 俺の隣に座っていたクレアさんが、ゆらりと立ち上がり、エッケンハルトさんの方へと近づきながら聞く。

 誤魔化そうとする、エッケンハルトさんとセバスチャンさんだが、低い声でティルラちゃんに声をかけた途端、綺麗に気をつけをしたティルラちゃんが、全ての事情を話した。

 シェリーもそれに同意するように頷いている。

 ドアを開けたレオは呆れたような顔で溜め息を吐いてるな……俺も似たようなもんだけど。



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