第176話 疫病の広がりと例の店の事をまとめました



「その店が商売を始める前後の時期で、ラクトスの街で疫病が広がり始めます。確か、村での病が出始めたのも、その頃ですよね?」

「そう、ですね」


 正確には、例の店が2カ月近く前に動き始めて、1カ月と少し前から病気が広がり始めた。

 頃合いを見計らって、薬を買い占めて販売し始めたんだろう。


「悪質な店は、病の広がりを利用し、他の店で売っている薬や薬草を買い占め、自分達の店でしか満足に薬を買う事を出来なくしました。しかも、薬等は全て混ぜ物をして効果を薄めてかさ増しをして、ですね」

「そこまでは、セバスチャンさんの調べでわかっている事ですね」

「はい。何故、その店は病が広がる時期がわかったのか……もし病が広がらなかったら、街の人達は薬を買い求める事が少なく、商売は成り立ちません」

「買い占める事で、独占は出来たでしょうが……利益が出るかまではわかりませんね」


 独占したとしても、需要が高まらなければ利益は生まれない。

 例の店は、仕入れ価格ではなく、店頭価格で薬を買い占めているのだから当然だな。


「そこで出て来るのが、今ハンネスさんの持っているガラス球です」

「これが……?」


 俺の言葉で、ハンネスさんは今まで持っていたガラス球を注視する。

 フィリップさんも、少し離れて見ていた村人達も同じくだ。


「仕組みは俺にはわからないのですが……どうやらその球は、病を媒介する物のようです。疫病を広げるための物、という事ですね」

「ひっ!」


 疫病の原因がガラス球にあると聞いたハンネスさんは、怯えた様子でガラス球を手放した。

 地面に落ちたガラス球は、そのまま地面を転がってワイン樽に当たって止まる。


「多分、触っても大丈夫だと思いますよ。その球はワイン何かの物に対して効果があるのかもしれません。人に直接効果がある物じゃないんだと思います。じゃないと、レオが怒って俺が触る事も許さなかったでしょうから」

「ワフ!」


 怯えたハンネスさんを安心させるように声をかけ、その言葉にレオが力強く頷く。

 その様子を見て、今まで持っていたハンネスさんも少しは安心したように安堵の息を漏らしている。

 確証がある事じゃないが、このガラス球は人に直接作用はしないんだろう……じゃないと商人が持って来た時、商人も病に罹ってしまうからな。

 村で病にかかった人が出るのが、時期的に少し遅かったのはそのためなんだと思う。


「レオが嫌な臭いがすると示した樽のワインですが……恐らくそのワインに球が作用して、病を広げたんだと思います。ワインを飲んだ人が病に罹るように……」

「そんな……私達の作ったワインが、そんな事に……」


 ワインを媒介して、という事にハンネスさんは驚愕の表情だ。

 他の村人も同じような表情をしているが、丹精込めて作った村自慢のワインが、疫病を広げる役目だと言われたんだから当たり前か。


「玉を持って来た商人と、ラクトスで悪質な薬を売る店の人は、もちろん協力者なんでしょう」

「それで、疫病が広がる時期がわかった、と……」


 ワインはラクトスの街に確実に卸されている。

 それを使って病を広げる事を知っていれば、街中の薬を買い占めるなんてリスクのある事も出来るだろう。

 例の店の店主と、ガラス球を持って来た商人は共犯者なのは間違いないと思う。

 店の方は伯爵家との繋がりがあると言っているし、ガラス球を持って来た商人も伯爵の領内から来た人物だ。

 ……伯爵がどこまで関わっているのかは、俺にはわからないが……。


「私達のワインが原因で疫病が……私達は何て事を……」

「ハンネスさん達が悪いわけではありませんよ。悪いのは、騙してガラス球を……疫病の原因を置いていた商人達です」


 自分達が作ったワインが、疫病を広まらせた事に落ち込んでいるハンネスさん。

 作った事が悪いわけじゃなくて、そう仕向けた人が悪いんだ。

 ハンネスさんが落ち込む事は無いと思うけど……まぁ、仕方ないか。


「フィリップさん、他の物に触れないよう、あの球を保管しておいて下さい」

「わかりました。しかし、どうするのですか? 破壊してしまった方が良いのでは?」

「例の店の悪事に対する証拠になるかもしれませんからね。今は破壊しません。まぁ、後はセバスチャンさんに任せる事になるでしょうが……」

「あの人なら、喜々として取り組みそうです」

「それと、これも持っておいて下さい、念のためです」

「ラモギですね、わかりました」

「少しでも、病の兆候が出たらすぐに飲んで下さい」

「わかりました」

「あと、勝手に蔵のワインを飲んじゃだめですよ?」

「あ……昨夜は酔っていたのと、意気投合した人に勧められて……ですが、タクミ様の考えを聞いた後では、飲む気はしませんよ」


 フィリップさんは昨日、千鳥足になる程酔っていたから、蔵に入り込んで入り口付近のワインを味見とばかりに飲んでいてもおかしくないだろう。

 多分だけど、気温の低い蔵の地面で寝ていた事と、ガラス球が置いてあった近くのワインを飲んでしまったために、今朝のあの状況だったんだと思う。

 村の人から勧められたとしても、お酒の飲み過ぎは良くないな、俺も気を付けよう……何故か酔えないが……。


「それにしても、匂いや気配で判別できるレオの手柄もありますが……フィリップさんの方もお手柄ですね」

「私もですか? レオ様はその通りだと思いますが……私は……」

「フィリップさんが蔵で寝ていたおかげで、そのガラス球を発見できたんです。十分お手柄だと思いますよ? まぁ、飲み過ぎには注意ですけどね」

「あははは……気を付けます」


 ガラス球を、布のようなものにくるんでいるフィリップさんを見つつ、軽く話をする。

 実際、今回フィリップさんがガラス球を見つけてくれなかったら、病の原因には気付かないままだっただろう。

 そんな俺達に、落ち込んでいたハンネスさんがゆっくりと近づいて来た。


「……タクミ様……我々はどうしたら良いのでしょうか? ワインが原因で今回のような事態になるなんて……」

「ハンネスさん。……んー、そうですね……」


 気にしないでと言っても、ハンネスさん達にとっては、自分達が原因で疫病を広げてしまったという考えはすぐに消えたりはしないんだろう。

 気休めを言うだけじゃ駄目だな。

 俺は、ハンネスさん達が落ち込まないで済む方法が何かないかを考えた。



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