第94話 お見合いの話を持って来る理由を聞きました



 エッケンハルトさんの苦悩(?)も当然だろう。

 知らない間に娘の近くに見知らぬ男がいて、その男は誰にも従わないと言われていたシルバーフェンリルを従えている。

 しかも、獰猛な魔物と恐れられているフェンリルまでいて、さらにそれが娘の従魔になっているなんて、悩む事が多くて当然だろう。

 悩みながらも和やかに、ライラさん達の淹れてくれたお茶を飲みながら、ここ最近の出来事等をエッケンハルトさんに話した。

 一応ほとんどは俺の事情を話す時に話していたが、クレアさんやティルラちゃん、セバスチャンさんを交えての雑談といった感じだ。

 雑談をする事で、エッケンハルトさんは悩みを誤魔化してるようだったけどな。

 まぁとりあえず、俺はエッケンハルトさんに気に入られたようで安心した。

 失礼な事をしたらどうしようとか、正装しないとなんて考えてたのが馬鹿々々しく思えてくる程簡単に信用してもらったな。

 レオと一緒にいる事が一番大きいような気がするけどな。


「……さて、話は変わるのだがな」


 雑談をして和やかな雰囲気のまま時間が過ぎていたのだが、エッケンハルトさんが唐突に話しを切り替えた。

 その瞬間、クレアさんとティルラちゃん、セバスチャンさんの顔が強張り、ついに来たかと言うような表情になった。


「クレア、ティルラ、今回はそろそろ決めてもらおうと思う。色々とお見合いの話を持って来たぞ」

「……お父様……」

「お見合い……」

「旦那様……」


 エッケンハルトさんが切り出した話はやっぱりお見合いの話だったようだ。

 クレアさんやティルラちゃんが溜め息を吐いている。

 セバスチャンも、エッケンハルトさんにバレないよう、こっそり溜め息を吐いてるのを俺は見た。

 聞く話によると、結構な数の話を持って来られて断るのに一苦労だそうだから、溜め息を吐きたくなるのもわからなくもないけどな。


「お父様……お見合いの話ですが……」

「嫌とは言わせんぞ。今日は特に選りすぐりの相手を選んで来たんだ。そろそろ決めてもらわないと私も困るからな」


 エッケンハルトさん、今回は特に力を入れて来たようだ。

 対応策を話し合っていたはずのクレアさんは、エッケンハルトさんの気迫に何も言えなくなり、ティルラちゃんに至っては諦めの表情だ。

 ここまで話してて、何故こんなにエッケンハルトさんはお見合いを勧めるのかわからない。

 クレアさんもティルラちゃんも、両方娘としてしっかり可愛がってるように見える。

 ……若干、可愛がり過ぎて感情の起伏が激しいようにも見えるが、娘を持ったことの無い俺にはわからないが父親というのはこういうものなのかもしれない。

 でも、何故そこまで可愛がっている娘にお見合い話を持って来て嫁に出そうとするのか。

 娘を可愛がってる父親なら、嫁に出したくないと考えていてもおかしくない……と俺は前の世界で聞いた。

 ……聞いてみるか。

 失礼に当たるかもしれないが、ここまで話してエッケンハルトさんはかなり気さくな人柄だと思った。

 理由を聞いたくらいで変に思うような人じゃないだろう。


「エッケンハルト様」

「さんでいいぞ、タクミ殿。様なんて言い慣れて無いのだろう? それに、レオ様と一緒にいるタクミ殿は私から見ると公爵家より上の存在だからな」


 前にセバスチャンさんも言っていた気がする。

 シルバーフェンリルを従えてる俺は公爵家よりも上だと。

 まぁそんな事より今は理由を聞こう。


「えっと、エッケンハルトさん。どうしてそんなにクレアさんやティルラちゃんにお見合いを勧めるんですか?」

「ん? クレア達から聞いていないのか?」

「エッケンハルトさんが色々とお見合いの話を持って来るというのは聞いていますが、その理由までは……」

「そうか……クレアなら言ってると思ったが」

「いえ、お父様。私も何故お父様がお見合いの話を持って来るのかは聞いた事がありませんよ」


 クレアさんもお見合いの話をこれ程までに持って来る理由は知らないようだ。

 エッケンハルトさんはクレアさんの言葉に、はて? と首を傾げた。


「何を言ってるのだクレア。この話はそもそもお前が言い出した事では無いか」

「え? 私が? ……そんな覚えはありませんが……」


 何やらおかしな方向に話が行ってるぞ……?

 クレアさんも含め、ティルラちゃんやセバスチャンさんはエッケンハルトさんがお見合い話を沢山持って来るのが厄介だという感じの事しか言っていなかった。

 それが実はクレアさんから言い出した事とはどういう事か。


「……覚えていないのも無理は無いのかもしれんな……」

「覚えていない……私は何を言ったのですか?」

「あれは何年前だったか……ティルラが産まれたばかりの事だから、10年近く前か。あの頃のクレアは初代当主様の伝説を聞きたがる事が多くてな」

「……確かに私がティルラくらいの頃、よく初代当主様の話をせがんでた覚えはありますが……」


 クレアさんが森の中で話してくれてた、使用人達の間で初代当主様の生まれ変わりと噂をされてた頃か。

 好奇心旺盛で、シルバーフェンリルに対して何やら感情が湧き上がると言っていたクレアさんなら、初代当主様の話を聞こうとしていても何もおかしくないな。


「その頃に一度だけ話した事なんだが。初代当主様は見合い結婚だったと」


 初代当主様はお見合い結婚だったのか。

 まぁ、公爵にまでなった人だ、政略かどうかはわからないがそういう事もあるだろう。

 それがクレアさんにお見合い話を持って来るのと何か関係してるのだろうか?

 エッケンハルトさんの話を、セバスチャンさんもティルラちゃんも興味深そうに聞いている。

 クレアさんだけは覚えが無いのか、先程から首を傾げている。


「その事を聞いたクレアがな、私もお見合い結婚したいと言い出したのだ。もちろんクレアを嫁に出したくないと考えていた私は止めたんだが……」

「私がそんな事を……」

「クレアお嬢様……」

「姉様……」


 エッケンハルトさんの話に、クレアさんは愕然としている。

 覚えの無い事とは言え、自分が原因だと知ったのだから仕方ない。

 そんなクレアさんを、セバスチャンさんとティルラちゃんが責めるような視線で見ている。

 これまで断る事に色々費やして苦労して来たのがわかる視線だなぁ。

 しかしエッケンハルトさんも、俺が知ってる父親像に漏れず、娘を嫁に出したくないと考えてたようだな。

 やっぱり娘を持つ父親ってのは似たような感じなのかね。 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る