第232話 ダンジョン内部と異変

 そこは氷のダンジョンではなかった。


 広い人工物の空間。 


 温度は高い。天井から漏れ落ちてくる液体は熱湯だろうか?


 「熱湯が氷のダンジョンを溶かした? そんな馬鹿な」とサクラは頭を振った。


 サクラは口にすると他のメンバーも堰をきったかのように話を始める。 


 「エドワードと名乗った探索者の嘘偽か? しかし、なんのために」とオント。


 「なんのため……アリスさまを警備の薄い場所に誘い込むため……」とサヲリ。


 「いや、だったら罠は成功している。もう襲撃してこないとおかしい」


 「だが、しかし……現に我々は……」


 想定外の出来事にサヲリさんは語尾が強くなっていく。

 しかし――――


 「静まりなさい」


 そう言ったのはアリスだ。  


 「上から漏れ出ている液体は、おそらく生活水。上の下水から流れているのでしょうが……長い間、汚水に晒されていた後がありません。つまり……」


 「天井を塞いでいた物……氷がなくなったばかりということかい?」


 「はい、その通りですサクラさま。 ここで何かが起り、ダンジョンの性質が変化したという事でしょう」


 「なら、やっぱりアリスとサヲリさんは帰還した方がいい。何が起きるかわからない」


 しかし、アリスは首を縦には振らなかった。


 「いいえ、危険だということは最初からわかっていました。想定と違うから帰るなんて甘い気持ちでご同行とお願いしたわけではないのですよ」


 サクラは驚いた。 この状況でも笑みを浮かべられるアリスの強さに。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 「どうやら、ここは旧時代に作られた地下建造物が、長い時間をかけてダンジョン化したみたいだな」


 ダンジョンで言えば一層。強い魔物モンスターは出現する事はないだろうが、サクラとオントは警戒を強める。


 ここを発見したエドワードの証言が事実なら、1層からドラゴンが闊歩しているらしい。


 平素なら「そんな馬鹿な」と笑い飛ばす2人だが、発見者以外の誰も未踏のダンジョンなら話は別だ。


 何が起きても不思議ではない。 しかし、そんな2人にも予想外な事がある。


 それは魔物が出現しないという事だ。


 「……地下に降りる階段があるが……どうする? 流石におかしいぞ」


 1時間ほど、歩き回り発見した階段だ。 本来なら、降りて進むところだが……


 「あぁ、魔物が出現しないダンジョンなんて初めてだ。 どんな可能性があると思う?」


 サクラはオントに聞く。


 「そもそも、ここがダンジョンじゃない可能性。 あるいは魔物も死滅するような何かがあった」


 オントが言うように「ダンジョンか?それ以外か?」その区別は難しい。


 迷宮であり、魔物が出現するならばダンジョンだ。


 しかし、魔物が出現しない迷宮はダンジョンなのだろうか?


 その定義は定められているはずだろうが、少なくともサクラもオントも定義まで知らない。


 いや、それよりも――――


 『あるいは魔物も死滅するような何かがあった』


 注意すべきはソレだ。


 ダンジョンで生まれた魔物が死滅した前例をサクラは知らない。


 なぜなら、魔物はダンジョンから無限に生まれるものだからだ。


 もちろん、魔物に対して毒物は有効だ。


 しかし、毒が漂う中でも毒に対する抗体を持った魔物が生まれる。


 だから、人類はダンジョンを受け入れた。 ダンジョンを破壊する事は不可能であり、湧き出てくる魔物たちを完全に駆除する事もまた……不可能である……と。



 だが、彼らは探索者。


 「行くぞ」と2層へ向かう決意は固め、足を踏み入れた。


 やがて、3層、4層、5層と魔物が出現しないダンジョン内部を歩き回る。


 「魔物がいないと、ダンジョンを降りるのが、ここまで早くなるのか」


 オントの呟きにサクラは笑った。


 そのまま20層、30層と降りていく。


 無限に続くかと思われたダンジョンの地下。しかし――――


 最初にそれを発見したのはアリスだった。


 「サクラさま、あれは……もしかして!」


 続けてアリスが指差した方向を見るサクラ、オント、サヲリ。


 しかし、3人とも、それがなんなのか? すぐに認識できなかった。


 それはドラゴンの死体だった。 


 いや、ただの死体なら、3人もすぐに認識できただろう。


 3人がそれをドラゴンの死体だと認識できなかった理由。


 それは、ドラゴンの頭部が切断さていたからだ。


 つまり――――


 ドラゴンの首なし死体がそこにあったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る