第219話 彼の名は?

 教皇の間が見えてきた。


 階段の果てにある高所。『聖域』の最上階。


 その建物に踏み込む直前、僕らは足を止めた。


 「いよいよ、ラストバトルだね!」とクリム。


 少し、緊張感が欠けているようだ。


 僕は「油断しちゃだめだ」と彼女を嗜める。


 「たぶん、あそこには12使徒を従わせる教皇がいて、彼は12個の『聖遺物』を全て持っている。どんな武器かわからないから警戒していくんだ」


 わかったのか?


 それとも、わかってないのか?


 クリムは「はい!」と元気よく返事を返した。


 「念のために僕の短剣に変装して、鞘に入ってもらっていいか?」


 「うん、前にお城でアリスさんを騙したアレと同じだね」


 「人聞きが悪い!」


 あれは作戦であって、騙したと言うか。そうしないと僕が危なかったわけで……


 そんな僕の言い訳など聞かず、クリムは短剣に変身すると鞘に入った。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ――――教皇の間————


 そこに人がいた。


 全裸の男だ。


 そして、手には血の付いたナイフ。


 足元にある血だまりの中、初老の男性がうつ伏せに倒れている。


 これが推理小説の世界ならば、思わず「貴方が犯人だ!」と言わざる得ない。


 男は赤子のような無邪気な表情でナイフの血を舐めたかと思うと、刃の腹を頬ずりし始めた。


 当然ながら、彼の頬には鮮血がこびり付き、血化粧のようになっている。


 赤子のような表情かと思ったら、次は老獪な研究者のようにナイフを凝視している。


 (なんだ、コイツは?一体、何者なんだ?)


 そんな僕の動揺が伝わったらしい。


 彼は、僕とクリムの存在に気づき、「あぁ、お客さんかい?」と笑顔をみせた。


 「すまないね。ここの主は席をはずしているんだい。ちょっと、天国までね。だから、もう帰ってこないよ」


 そう言うと、足元の男性を指差した。


 「そ、そのが教皇?」


 「ん? あぁ、そう呼ばれていたかな? 愉快な男でね。初対面で生涯の友に成れると思った。もう生涯は終わっちゃったけど」


 「……」


 ヤバい。


 俺の脳内で危険を知らせる警報がガンガンに鳴り響いている。


 「君が殺したのかい?」


 「僕が殺したって? おいおい、冗談だろ? そんなまさか……逆に僕以外に誰が殺したって言うんだい?」


 話しが噛み合わない。


 微妙に、何か言語回路に異常が生じているかのような不自然さ。


 正直、逃げ出したい。 


 しかし、その前にこれだけは聞いておかなければならない。


 「君は僕らの敵? それとも、味方……いや、赤の他人?」


 僕の質問に男は少し考えるような感じだった。


 そして、こう答えた。


 「いやだなぁ。僕には赤の他人なんて概念は存在しないよ。皆が僕の兄弟で家族だ」


 やはり、言葉が通じているようで通じてない。


 コイツは、僕1人じゃ手に負えない。


 喋っているだけで頭がおかしくなりそうだ。


 「あぁ、そうか。君たちはあれなんだろ? えっとシュット国から送られてきた……先兵だったけ? 君たちは『教会』を滅ぼして何するの?」 


 「何って言われても、僕らは『教会』の方が攻撃を仕掛けようとしてると……」


 「それって専守防衛かい? でも、君たちの方が早く攻撃を仕掛けているよね?」


 「それは『教会』が戦争を準備をしてると……」


 「疑わしきは罰せろ? まぁ事実、疑いは正解だったわけなんですけどね」


 「……」


 会話が成立している?


 と言うよりも、会話の精度が上がっている。


 なぜだか、そんな印象を受けた。


 「まぁ、ネタバレすると、僕は神様」

 「……え?」


 それは、意味不明の極みだった。


 「神様って、それはどういう意味で?」


 「あぁ、君は疑っているね。その疑いも正解だよ。僕は神様じゃない」


 「つまり……冗談だった」


 「いや、違うよ。本気さ。僕は神様だけど、正確には神様じゃない。矛盾してないよね? それとも矛盾してるかい?」


 「わからない。君は何が言いたいんだい?」


 「そうだね。君にわかるように言おう。 僕は、僕の正体は―———


 『聖遺物』


 ――――だよ。


 彼は笑顔で答えた。


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