第214話 牡羊対クリム
「……攻めてこないのか?」
僕は魚のギョウジに聞いた。
彼は―———
「いえいえ、連戦で御疲れでしょう。お仲間の戦いを観戦してからがよろしいのでは?」
「随分と余裕だな」
「余裕? いえ、違いますよ。この戦いに意味はありませんから……」
「意味がない?」と僕は彼の言葉を繰り返した。
もしかしたら、コイツは腹に一物あるんじゃないのか?
「あぁ、僕が裏切りや、組織に不信感を抱いてると想像しているのなら誤解です」
「じゃ、無意味と言ったのは?」
「僕らの『教会』の目的はシュットへの宣戦布告―———戦争ではなくて……戦争と言う手段を行う直前に実は目的を達成してしまったのです」
「目的を達成した? 何をしたんだ?」
「それは、僕らを倒した後に教皇の間でご覧ください。驚いてくれると思いますよ」
「……」
ギョウジの発言に不気味な物を感じながら、彼の言う通りに他の戦いを観戦する。
無論、彼への警戒は解かない。
彼女は、普段のクリムとどこか違っていた。
外見的には、その変化は見て取れない。あるいは僕の気のせいかとも思ったが……
赤いドレス姿。 自分の本体である魔剣ロウ・クリムを構える姿。
しかし、無邪気と言えた表情が―———感情が抜け落ちたかのようである。
だが————
相手は待ってくれない。
『牡羊』のバトラーは、幻想の世界の彼と同様に巨大な獲物を宙に浮かせている。
『魔剣 ギガント』
大剣というレベルではない。成人男性の身長の3倍―———約5メートルはある剣。
それを念力で持って制御する『牡羊』の戦い方。
一振りすれば、周囲で戦っている仲間にも被害が及ぶ可能性は高い。
しかし、それは信頼か? あるいは無関心か?
バトラーは存分に剣を振るう。
クリムに超巨大大剣が通常の剣と違わぬ速度で襲い掛かっていく。
それをクリムは避ける。
まるで「つまらない」と言いたげな表情で避ける。
「むっ!」とバトラーは、自分があしらわれていると察したのか、表情に怒気が浮かび―———
その剣捌きは荒々しく変わっていく。
まるで爆弾だ。
剣が地面に接触するたびに地面は抉れ、弾け、破壊の痕跡を残す。
そんな攻撃を前にクリムは―———
掴んだ。
自身に襲い掛かってくる巨大剣を掴んだのだ。まるでなんでもない事のように……
それを誰よりも驚いたのはバトラーだ。
「はぁ!?」
眼を見開き、口を大きく広げ————老紳士にあるまじき驚愕の顔。
「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇぇぇ……」
何とか、クリムの捕縛を解こうと念能力を駆使しているようだが、彼の『魔剣ギガント』は動かない。
しかし、クリムは、そんな彼の様子に興味はないようだ。
彼女の興味は、その手に収まっている巨大剣にあり、彼女は剣に話しかけた。
「貴方にも意思があるのね」
まるで、慈しむような優しげな声。
対して、剣の主はソレを馬鹿にするような怒声だ。
「馬鹿め! 剣に————道具に意志や魂などあるものか!そんな物は人のエゴだ!」
しかし……というよりも、やはり、クリムはバトラーの声を無視。
そして―———
「……そう、貴方も人間になりたいのね。それじゃ私と行きましょう」
それだけを言うと、彼女の手から『魔剣 ギガント』は消滅した。
それだけだ。
それだけで、勝敗は決まった。
いや、そもそもコレは勝負ですらない。だから、勝敗自体ない。
ただ、彼女の前には全てを失い、呆然自失の老人が力を失い座り込んでいた。
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