第146話 「呪怨の卵」の正体


 既に世界の崩壊は始まっていた。


 崩壊は世界だけではない。


 吸血鬼の肉体も崩れ始め、僕の体も崩れ始めた。


 体と世界の境界が薄れていく。


 だからだろうか? 何かが僕に入り込んできた。


 それは意識? 誰の意識だ?


 そもそも、人間の意識だろうか?


 最初、それは泥だった。土と水分だけの泥。


 ただ、違いがあるとしたら、それはダンジョンの中にあっただけ。


 どこにでもある泥。


 ある日、そこに何かが入った。


 それは感情。それは憎悪だった。


 憎い


 憎い


 憎い、憎い、憎い……


 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎憎憎憎にくにくにくにく……


 流れ込んでくるのは憎しみの渦。


 その感情は誰のものか?


 ダンジョンで死を迎えた探索者のものか?

 いや、違う。人間以外の感情―――

 人に打ち取られた魔物の無念ではないのか?


 その証拠に―――


 それは人への憎悪へ満ち溢れていた。


 ソレに知性の光が宿る。


 ダンジョンに自然発生するアイテムはこうやって生まれるに違いない。


 ただ違いがあるのだとすれば、ソレは呪われたアイテムだったという事だ。


 ソレの名前は「呪怨の卵」


 だが、疑問が残る。


 なぜ、ダンジョンで生まれたアイテムが外にあったのか?


 なぜ、空から落ちてきたのか?その疑問も直ぐに解決する。


 まだ終わらない記憶のビジョン。


 フラッシュのように断的に記憶の映像が流れる。


 誰かが、ソレを拾う。 たぶん、探索者?


 誰かが、ソレをダンジョンの外に持ち出し―――誰かが、ソレを引き取った。


 シルエットは小さな少女だった。


 それは見知った顔。


 彼女だったのか……混沌とした意思、覚醒に向かいながら僕はそう呟いた。


 彼女の名前は―――


 トクラター・アリス


 全てはこのため。全ては僕を殺すためだった。


 そのために、シュットから刺客を送り、誰にも目撃されずに「呪怨の卵」と村に投下した。


 そして、いくつもの村を壊滅に追いやった。僕だけを殺すために……


 しかし、それだとしても、疑問は残る。


 どうして、彼女は僕たちがこの村周辺に訪れるとわかったのか?


 呪怨の卵から流れ込んでくる記憶には……


 あぁ、そうか。


 別に彼女は、僕がこの村に訪れると予想していたわけではないのか。


 ただ、世界中に―――


 これと同等の仕掛けをいくつも用意した。


 その中の1つを――― たまたま、偶然―――


 僕は彼女の中にある泥を見誤っていた。


 世界中に厄災を振りまいてでも、僕を殺そうとしている。


 なら、僕は―――どうすればいいだろうか?


 ならば、僕は―――

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