第144話 カツシの正体


 「仮初の世界?じゃ、ここがウソの世界なら、お兄ちゃんとオレはなんだよ!」


 「そいつは、もっともな意見だね。たぶん、君の正体は僕の中に入り込んだ魂だろ?」


 「魂?オレが?わけのわからない事を!」


 「たぶん、あの日……この世界が生まれた日、僕はグールに噛まれたんだと思う」


 僕の告発にカツシ少年は絶句するだけだった。


 あの日、グールだらけの村についた僕は油断からグールに噛み付かれたんだ。


 グールに噛まれた人間はグールになる。


 吸血という行為は魂を硬貨に変換させるという事だ。


 そして、その硬貨はグールの本体である吸血鬼が受け取り、対象を不死の存在へ昇華させる。


 つまりは、魂と不死の等価交換。


 ならば、グール化を防ぐにはどうすればいいのか?


 魂を奪われる事によってグール化するならば、答えは単純だ。


 魂を体から分離するばいい。 魂が体から離れている間、体も心も魂もグール化する事はない。


 この世界が大量の魔力に満ち溢れているのは当たり前だ。


 切り離された僕の魂を閉じ込めるための結界。 魔力による空間創造を行わなければならない。


 だとすれば……


 「疑問は残るね?君の存在はなんなのか?」


 「存在?オレの存在……それは?」


 「僕の魂に噛み付けたグールの本体、吸血鬼の残留思念そのものだろう」


  沈黙が流れる。カツシ少年は俯き加減で何も喋らなくなった。


 「……」


 「……」


 やがて、カツシは顔をあげた。


 その瞳には感情が消えている。そして―――


 「吸血鬼?オレが吸血鬼?吸血鬼?きゅ、きゅ、きゅるるるるるるるるる……」


 僕は弾かれたように後ろへ飛んだ。


 それは狂気。物理的な質量すら感じさせる感情のうねりが感じられる。


 やがて発散された狂気は本体であるカツシ少年に戻っていく。


 「そうだったな。ここは仮初の世界であり、オレも、オレのこの姿も仮初の姿だった」


 狂気は黒い幕へ変わり、カツシ少年を覆い囲む繭へ変わる。


 そして、繭には亀裂が入り……


 砕け散った繭の内部からは、さっきまで少年だったカツシが出て来た。


 20代の細身の体を黒々しいマントを身につけている。コウモリを連想させるマントだ。


 そして、その顔は……


 女性だけではなく、男性する魅惑するであろう美貌だった。



 「それが、本物の君の姿か?」


 僕が聞くと―――


 「いいや?この世界は君の仲間が作った精神の世界だろ?この姿も、また、仮初の姿さ」


 「どうして、君は吸血鬼になったんだ?」


 「やはり君は面白い。やっぱり、サクラお兄ちゃんはおもしろい!」


 一瞬、カツシは少年の声を出して煽ってくた。


 それに反応を示さない僕に飽きたのかポツリポツリと語り始めた。


 「オレは最初は人間だった。ところがある日、落ちてきたのさ」


 「落ちてきた?」


 「これさ」とカツシの手には、いつの間にか球体が握られていた。


 その球体には尋常ではない禍々しさが見て取れた。


 「それは?」


 「これは呪怨の卵と言われるアイテムさ」


 「呪怨の卵?」


 「ある日、畑で野良仕事をしてたらコレが落ちてきた。上を見上げても雲一つ浮かんでない。だから、これはきっと……神様から送られたアイテムに違いない」


 カツシの威圧感は増して来た。


 「何を……」


 するつもりだ?と言葉の続きが出てこなかった。


 カツシはソレを呪怨の卵を飲み込んだ。


 「食べるだろ?だって……卵なんだぜ?」

 

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