第78話 ラン家の婚活事情 その③


 お、お姉たま? 流石のサヲリさんも、突然身内が登場して動揺したのだろう。


 「おいおい、サヲリちゃん。お姉たまって呼ぶのは家の中だけって約束でしょ?」


 ……噛んだわけじゃなくて普段はそう呼んでるのか。


 「ところで、こちらの殿方は誰なんだい?紹介してくれよ」


 サヲリさんの姉で、女騎士は僕に意味ありげな視線を向ける。


 一方のサヲリさんは「はぁ、では」と気の抜けた返事をしてから、僕の紹介を始めた。


 「こちらはトーア・サクラ。ご存知の通り、私が使えていますトクラター家のご令嬢であられるアリスさまの想い人でございます。縁あって私が師事する事になりましたので……」


 「なんと!あのトクラター家の!いや、見た目と違って侮れないなぁ」


 見た目と違って? 若干、引っかかる表現だが……

 そう思っていたら、クルリと体ごと僕の方へ向き直り、彼女は自己紹介を始めた。


 「私の名前はラン・ミドリ。察しの通り、そこにいるサヲリの姉であり、この国シュットの守護者である騎士だ!」


 その堂々とした自己紹介と同時に笑顔で手を差し出してきた。


 どうやら、握手を望んでいるらしい。


 僕がその手を握り返すと……


 「え?」


 グッと体を引き寄せられる。


 情熱的な抱擁。……というか、硬い鎧でそれをやられると……



 「痛い!痛たたたたたたッッッ!軋んでる!体が軋んでるってばよ!」


 解放されたのは、たっぷり数分後だった。


 「まだ、体がバラバラになったような感覚がする。大丈夫かな?僕の神経は」


 「まったく、お姉た……お姉さんはやりすぎなんですよ」



 そうため息交じりのサヲリさんに対してミドリさんは…… 


 「うん、そうだね。慣れないから外でもお姉たまでいいよ」


 「……」


 あっ、サヲリさん。すげぇイラって顔した。 


 「いやぁ、しかし、君には粗相をしてしまったね!つい妹の想い人相手だと思うと熱が入ってしまって。失敬失敬」


 僕とサヲリさんは同時に「はぁ?」「え?」と声を出していた。


 「いや、お姉さん。サクラの想い人なのアリスさまの方で」とサヲリさんが言う。


 僕も同調しようとしたが、一瞬「あれ?逆じゃねぇ?アリスさまの想い人が僕であって、僕の方は……あれ?」って混乱していた。


 「いやいや、隠さなくてもわかるよ。家族なんだからね!」


 !? ???


 さらなる混乱が僕を襲う。


 そこにサヲリさんが横腹を突いて「お姉た……いえ、お姉さんは思い込みが激しい方なんですよ」と説明してくれた。


 いや、思い込みって……


 どう突っ込むべきか?どうしたら誤解を解いてくれるのか?


 妹であるサヲリさんに丸投げした方が良いのだろうか?


 そんな事を考えていると……


 「それじゃ、サクラくん 私と決闘だね」


 ミドリさんは、そう言った。


 ……嗚呼、わかった。


 この人は思い込みが激しい人じゃなく、意味のわからない人なんだ。


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