番外編 その①

第76話 ラン家の婚活事情 その①


 まずは暗闇。


 そして、徐々に音も消えていく。


 鳥のさえずりも、風に揺れる木々のざわめきも消え―――


 僕の呼吸音を消えて――― 心臓の鼓動だけ耳に残る。


 やがて、鼓動音も消えて無音。


 地面は、僕の靴1つ分よりも狭い。僕は今、平均台の一本橋の上に立っているのだ。


 僅かな風でもバランスを崩しそうになる。


 そんな状態。つまり、目隠しをして平均台に立っている。


 なぜ? なぜって、それは――――


 トンって僕に腹部に何かが当たる。


 それを意識したと同時に体が動く。目前にいるはずの敵へ短剣を振るった。


 しかし、僕の攻撃は空を切る。大きく空振り。


 (馬鹿な!相手はどこにいる?)


 無意識に僕の腹部に触れている物を掴む。


 (これは……足?)


 その感触だけで相手の状態がわかる。


 敵は、こちら同様に目が見えていない。


 自分の足を大きく前に出して、こちらを探っていたのだ。


 そして、僕に触れた。相手がすぐに攻撃へ転じなかったのは、カウンター狙いのため。


 (大きく空振りした今……来る!)


 次の瞬間には衝撃。 側頭部への打撃を受け、脳が揺れる。


 一瞬のガードが間に合わなかったら、そのまま平均台から落ちて地面に叩き付けられていたはずだ。


 おそらく、敵の攻撃は蹴り。


 僕が掴んだ足の反対―――片足で飛び上がり、そのまま蹴り込んできたのだろう。


 おそらくは、早々と決着をつけるためにリスキーな攻撃に打って出たのだ。


 「だったら、その賭けはアンタの負けだ!」


 敵は片足立ち。 もう一方の足は僕の腕の中。 そして、ここは平均台。


 このまま、左右に振ってやれば、僅かな力でも十分に落とせる。


 もちろん、僕は即座に実行に移す。しかし――――


 「う、動かない」


 まるで、まるで、根が張った樹木を掴んでいるかのように……

 微動だにしない。


 そして、相手―――奴は言う。


 「どうした?小僧。 笑えぬ非力さだな」


 声の主、ラン・サヲリが嘲笑う。


 「ぬぐぐっ!」と僕はサヲリさんを動かそうと力を込める。


 だが、動かない。


 「小僧、覚えておけ。力こそパワーだ!」


 首の後ろに圧力。 サヲリさんに掴まれた!? 伝わるのは圧倒的なパワー。 


 本来なら、平均台から落ちているだろう。しかし、サヲリさんの腕力によって落下による敗北を拒否される。そのまま、四つん這いの状態まで押さえつけられ……いや、急に首の圧力が消滅する。


 解放された?そう思ったのは一瞬。


 僕の胴体をサヲリさんは両手でロックする。


 「えっ?えっ?えっ? うわぁああああああああああああ!」


 急激な浮遊感と回転。 


 人間の脳は、体が不安定な状態になると平行な位置を保とうと動くらしい。


 今、自分の体勢がわかってしまうのは、脳の動きによるものかもしれない。


 僕は今……平均台の上でサヲリさんに体を持ち上げられ――――

 プロレス技で言うパワーボムの体勢になっている。


 ……いや!違う!?


 サヲリさんの両手が僕の腰を掴み、僕の体を高く持ち上げる。


 二段階式超高角度パワーボム ラストライド!


 「え?サ、サヲリさん?このまま、平均台の上から地面へ?雪崩式ラストライド?いや、死んじ……死死死死死……ぎゃあああああああああああああああ……」


 その後は記憶がない。



 ・ ・ ・


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 「ぶあぁぁぁぁぁぁぁ!?」と僕は冷たい水を顔面に浴び去られ覚醒した。


 「ひ、酷い夢を見た」


 「そう、本当に夢だったよかったのにな!」


 目の前にヤカンを持ったサヲリさん。どうやら、夢ではなかったらしい。


 しかし、サヲリさんとの鍛錬は探索者としてより、むしろ曲芸師みたいなってきているなぁ……


 そんな僕の気のゆるみを見抜いたのか、サヲリさんはビシッと指を僕に向けて刺す。


 「今回の鍛錬。気になった所はあるか?」


 「気になった所?えっと……あっと……足を掴んだ時、どうやっても動かせなかった。あれはどうやって?」


 「ふっ、あれはラン家に伝わる秘術である。そう易々教える事はできぬわ」


 「……」


 そんな凄い技を鍛錬の組手で使うなよ。 それに「力こそパワー」って言ってなかったか?


 そう思ったが、ご満悦そうなサヲリさんにそれを口に出すほど命知らずではない。


 ドッドッドッ……


 「ん?なんの音だ?」


 変な音が聞こえてきた。


 ドッドッドッ……と最初は音。


 徐々に大地が揺れるような振動が加わり、そのまま音が近づいてい来る。


 音の正体は、一体?


 その答えをサヲリさんは呟いた。


 「これは……馬だ」


 

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