第60話 月より朧な少女 その⑤


 あと1分に満たない時間を耐えきれば、こちらの勝ちだ。


 しかし、耐えきれるか? 魔法の弾丸による止むことのない攻撃。


 (しかし……熱いな)


 気づけば大量の汗が零れ落ち、足元には水たまりができていた。


 熱量。魔法の機関銃の正体は、圧縮された火炎魔法の連続放出。


 例え、全ての弾丸を通す事のない鉄壁の防御である『龍の足枷』であっても、鋼鉄という性質上、熱伝導は防げない。


 異常に高まる体温は短時間で体力と集中力を削り取っていく。


 判断能力が著しく低下したためか、クリムの攻撃が止まっている事に気がつかなかった。


 「アイツ、何をしている? 状況を理解して逃げだしたのか?」


 高まるのは緊張感。


 絶えず大音声の破壊音で振るわされ続けていた鼓膜は、僅かな休息を許された。

 極限状態での、突然な無音。 不安感は加速し――――


 「……なんだ?あれは?」


 僕はそれを見た。



 いくら鍛え抜かれた動体視力を持っている探索者であっても、弾丸を肉眼で捉える事は不可能だ。


 鍛錬を積んだ闘技者、特に素手を武器にする者の拳速は時速36キロ。


 時速36キロという数字。これは想像よりも遥かに遅いと考える人が多いかもしれない。


 しかし、それは僅か1メートル……いくら長くても2メートルに満たない人間のリーチから放たれている。


 その距離を維持しながら、時速36キロで飛んでくるボールを――――しかも、体のどこを狙っているかわからない状態でだ――― 避けられる続ける人間がいるだろうか?


 しかも、機関銃から放たれる弾丸は、遅い種類であっても、その10倍ほど速度で飛来してくるそうだ。


 クリムの弾丸が、本物の機関銃を再現してるとは限らない。


 しかし――― 僕の動体視力を凌駕している事から、拳速の数倍くらいの速度はでてるはずだ。 


 僕の動体視力を凌駕している? だったら……

 僕の目に映っている弾丸の正体はなんだ?


 龍の足枷の隙間から炎で作られた弾丸がユラユラと揺れながら進んでくる。


 「あれは……」と一瞬、思考速度が遅れる。


 正体を脳が認識するまでの僅かなタイムラグ。


 そして――――


 「誘導弾かっ!」


 盾……と言うよりも遮蔽物として、僕の身を守っていた『龍の足枷』

 それをゆっくり、大きく迂回して空中に静止している弾丸。


 そして、自分の役割を思い出したかのように急加速。


 それは、まるで死神が命を刈り取る鎌の形によく似た軌道。


 一瞬で、予想外の角度から、僕がいる場所に、弾丸が撃ち込まれた。



 「もうサクラは死んじゃったのかな?」と鼻歌混じりで物騒な事を言うクリム。


 正確には、鼻歌混じりでスキップをしてながら近づいてくる。


 言葉とは裏腹に僕の死を確信しているから、不用意に油断しまくっているのだろう。


 「あれ? いない???」


 彼女は僕がいた場所をのぞき込んで呟いた。


 「ん~ この球体を残して逃げちゃたのかな? 他に人が来るポイっし……仕方がないかな?かな?……ん~ 帰ろっと」 


 そのまま、彼女は幽霊少女のように姿が消えていった。


 それを僕は見届け、「助かった……のか?」と呟いた。


 僕が、現在、隠れている場所。実は渡り廊下の外だ。


 彼女―――ロウ・クリムが放つ周囲全体に炎の弾丸を放射する魔法。


 まるで機関銃のような攻撃によって、渡り廊下は半壊寸前。


 窓ガラスは全て割られ、壁に大きな弾痕がこびり付いている。


 つまり、この割り廊下には、巨大な破壊痕が……人が通れる大きさの穴がいくつも存在していたのだ。


 僕は、そこから外に飛び降りた。


 飛び降りながら、ここが3階の渡り廊下だという事に気づく。


 下にはクッションの代わりになるような花壇も木々も存在していなかった。


 しかし、僕の手には『龍の足枷』から伸びている鎖がある。


 今の僕は、鎖をロープ代わりにして、ぶら下がっている。


 「た、助かった……」


 けど、僕には生還の余韻に浸る暇はなさそうだ。


 すぐに騒ぎ声が聞こえてきた。どうやら、教師たちが駆けつけてくる声みたいだ。


 「もう少しだけ早く来てほしかったなぁ……」


 正直に言うと、例え教師が相手だとしても、この武器――――『龍の足枷ドラゴンシール』の存在は隠し通しておきたい。


 幸いにも、鍵のかけ忘れか、下の階……2階の渡り廊下の窓から入れるようだ。


 僕はそのまま、2階の渡り廊下へ着地した。


 もちろん、上の階で出しっぱなしの『龍の足枷』は手の中へ回収。


 「さて……しかし……これからどうしようかな?」


 僕は、今後の事を考えた。

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