第58話 月より朧な少女 その③

 魔力と一言で言っても無限のエネルギーではない。魔力の有効距離というものが存在している。


 それは、距離が近ければ強く、距離が遠ければ弱体化していくような単純なものではない。


 ものではないが……戦闘で瞬時に使えるように簡易化された魔法は、その傾向が強い。


 だから、彼女の力が強まっている現状……彼女の本体が近い場所にある可能性は―———


 強い。


 (だが……どうする?)


 彼女の本体は、どんな形状なのかわからない?


 それに、どこにあるのかの目星すらない。


 彼女を倒す事を優先させるなら、彼女の本体を破壊するのが最優先となるのだが…… いや、それよりも……


 この騒動を影から操っている『犯人』的な存在がいるのなら…… おそらく、彼女の本体を持っているのはソイツ自身に違いない。


 だったら……  


 「もしかして、お前の本体は、この学園にあるのか?」


 僕は単刀直入に聞いた。


 おそらく、これはいくら考えても答えにたどり着くことない問題だ。


 なら、最初から本人に聞けばいい。本体の在処を。

 そして彼女の反応は…… 


 「ん?知りたいの?そっか……知りたいんだね」


 ピリッと皮膚が焼けるような感覚。


 探索者として鍛えられた洞察力が、僕に危険を知らせる。


 「そうだ。忘れていたよ。私の名前はロワ・クリム。あなたはなんていうの?」


 いきなりの自己紹介。


 (名前を利用した呪術の使用か?)


 僕は躊躇したが、周囲に魔力の気配はない。


 名前を正直に名乗る。


 「……僕は、サクラだよ。フルネームはトーア・サクラっていう」


 「そう、それじゃサクラ。互いに名前を覚えた事だし、さっそく……」


 「さっそく?」


 「殺し合いを楽しみましょ?」


 彼女は僕を指さす。 


 彼女から発せられる違和感。あるいは威圧感。何らかの自信。そして————


 悪意。


 それらが殺気と言われる感覚に変化されていく。


 危険信号は、けたたましい音を立てて、死の知らせを運んでくれる。


 未知の攻撃


 しかし、彼女が無意識に出す情報……彼女の表情や視線。表情筋の動きエトセトラエトセトラ。


 僕の情報分析能力が、彼女の攻撃を雄弁に教えてくれる。


 素早く、両足を左右に滑らして、片手を地面についてしゃがみ込む。


 その直後。刹那にも等しい僅かな時間。


 僕の頭上を何かが通過する。 かすかに当たった僕の髪の毛が、その熱量を感じさせながら、離れていく。 


 残ったのは焦げた髪の臭い。


 異臭だ。



 「なっ……」


 絶句する僕に彼女は語りかけてくる。


 「あの人は教えてくれた。私の本体を知ろうとする人間は敵。私を壊すのが目的だって教えてくれた。 サクラ?あなたもでしょ?あなたも私を壊しに、こわこわコワコワ……ケタケタケタケタケタケタケタケタ。壊す?殺す?どっちでもいい。さぁ……殺し合いましょう」


 再び、彼女―――クリムは、僕に指を向ける。


 彼女の指先に魔力が集まっていく。


 攻撃の正体は火炎魔法。指先からコンパクトに圧縮された炎が――――― 発射された。 


 僕の顔面ぎりぎりに炎が通過していく。 小さく、されど十分なほど殺傷を秘められていた。


 それは旧時代の兵器である銃を連想させる。 ならば――――


 僕は恐れず前進を開始する。 遠距離武器である銃対策に離れるは愚策。 逆に近づくは良策。


 距離が離れれば、離れるほどに対処は難しい。 なぜなら、距離が離れれば、こちらに反撃の術がなくなるからだ。 地面を蹴り、クリムに接近して……そして気が付く。


 ここは夜の学園。床に入って眠る直前で、寝間着パジャマ姿の僕は武器なんて持っていなかった。


 (えぇい!構うもんか!このまま近づいてぶん殴って……えぇ!?)


 急停止。


 なぜなら、クリムが僕に向ける指の数は10本。そして、残念なお知らせ。 


 クリムの攻撃を、僕はこう分析していた。


 (連射での放出はできず、一発ごとの溜めチャージが必要)


 そう分析していたから、危険ながらも強気な戦い方に挑もうとしていたのだが……


 クリムの魔力の動きから、どうも10本指からそれぞれ発射が可能な模様。


 魔力の連続使用に相乗効果がついて、実質、溜め時間は0に……


 つまり、今の僕は……重火器でいう機関銃を持つ相手に素手で接近戦を挑もうとしていたのだ。


 「む、無理だあぁ、無理無理むりむり……」


 しかし、現実は非常だった。


 「それじゃ、サクラ。さようならだね! だね!」


 だっだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ……


 ただの銃声と表現するには、迫力不足で――――


 破壊音と言ってしまうと曖昧で―――――


 僕にとっては爆発音に過ぎない音によって―――――


 夜のシュット学園の静寂は破壊されてしまった。

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