第47話 超常的な恐怖と絶望と……弱者


 (動け!? ……どうして? なんで体が動かない!?)


 いくら念じても体は反応しない。


「だったら魔法で!」


 戦法を魔力重視へ切り替え、意識を集中する。


 体内と周辺の魔力の流れを分析する。しかし―———


 ……だめだ。魔力が四方へ分散されている。それに威力を強化するための詠唱が上手くいかない。


 舌も麻痺したように呂律が回らない。


 「ねぇ、なんで? なんでだろう? どうして、私の質問に回答してくれないの ? もしかして、あなたが私のお父さんなのかしら?たぶん……いいえ、きっと……そう、そうなの。そうなんでしょ? ねぇ?お父さん?」


 そんな少女の声。


 僕ができた事は「ひっ」と悲鳴を上げる事と―――― 体を僅かに仰け反る程度の動きだった。


 彼女は近づいてくる。


 その瞳は異常だ。大きく瞳孔が開いている。


 その口は、左右の端が大きく吊り上がり、強烈な笑みを見せつけている。


 彼女の姿には、狂気と恐怖が混同し、人に発狂を促させるようだ。


 そして―――― 伸ばせば、手が届く位置。


 彼女は当たり前のように手を伸ばす。僕の頭部を鷲掴みにしようと……


 (動け! 動け! うごけぇぇぇぇっ!!)


 彼女の手が僕に額へ触れるかどうかのタイミング。


 僕の腕は、腰に下げてる短剣へ伸びた。


 短剣が手に触れると同時に一閃。抜くという動作が既に攻撃となる初動作。


 跳ね上げた短剣は、彼女の腕を切り落とす……はずだった。


 (……え?)


 短剣から伝わる手ごたえは皆無。


 なんの抵抗感もなく、短剣は一振り。空へ剣先を向けただけになった。


 そんな……確かに……彼女の腕がある位置を通過したはずなのに!?


 「剣がすり抜けた!」


 そう結果を言ってしまうと、僕の剣は少女の体をすり抜けたのだ。


 ただの短剣ではない。 21階層の対アンデット仕様の短剣のはずなのに。


 ガチガチガチガチガチ……


 なんの音?またアンデット系魔物の笑い声か?


 確かに似てはいるが、その音の正体は、全くの別物だ。


 その音は、僕の口から聞こえてくる。


 恐怖からの震えが、ガチガチと歯をぶつけ合っているのだ。


 さらに両足はブルブルと力が入らない。



 けど――――


 体はようやく動いてくれた。



 学園に入って9年間。


 人生の半分以上の時間を戦闘訓練に費やした。


 刻み込まれた戦闘術が僕の意識を無視して、体を動かせる。


 どうせなら――――このまま狂ってしまえ!


 「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 精神へ溜め込まれたソレを排出するように雄たけびをあげる。


 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ぶっ殺す。だから死ねえぇぇっ!」


 狂気に身を任せて短剣を振るう。


 洗礼された技術なんていらない。必要なのは、さらなる剣速。


 デタラメで、ただ……ただ……求めるのは悪夢をかき消すほどの速度。


 人間ならば、一瞬で解体が完了する。そんな幾度と回数を重ねる剣技。


 しかし―――――少女は止まらない。


 (狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え……頼む。狂ってくれよ……)


 どんなに狂う事を願っても、一線を越える前に連れ戻されてしまう。


 探索者として鍛え抜かれた戦闘考察。


 人知を超えた未知の前に、僕の戦闘考察が狂う事すら許されない。


 雄たけび? それは、ただの絶叫だ。


 デタラメな剣速? それは癇癪を起して、暴れる子供と同じだ。


 心を防御するメッキが剥がれ、脆弱な自分を理解してしまう。


 そして、問答無用で少女の手の平が僕の額へ触れる。


 一体、何をされるのか?


 そんな、ある種の覚悟にも近い疑問が湧いたが……


 ぐるりと世界が反転した。



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