第26話 コロちゃんと呼ぶがいい


 「婚約者?」


 僕は、あらためて少年を見上げる。


 どう見ても、僕より年下……いや、僕らは最高学年なんだから、当たり前って言ってしまえば当たり前なんだが……たぶん、アリスよりも年下。……と言うよりも、おそらく年齢は1桁代。10歳以下なんじゃないかな?


 でも、子供の戯言と一刀両断するには――――



 「痛っ!」



 テーブルに伏せていたケンシが、僕の頭部を掴む。そのまま、自分の顔に引き寄せる。


 結果として、2人ともテーブルに頭を伏せて、男同士で見つめ合う状態。 若干、気持ち悪い。


 「何すんだよ」と抗議の声を上げようとするも、口を押えられた。 


 「おいおい、親友。落ちつけよ」とケンシ。 なぜか、声のボリュームを下げてヒソヒソ話。


 僕は顔を振るって、口元を押さえつけるケンシの手を振るい払う。


 「いや、落ち着くのはお前のほうだろ?」と言いながらも、ケンシに合わせて僕も声のボリュームを落とした。



 「だって、だってさぁ。あのチビッ子、自分の事を何て呼んだ?」


 「何て呼んだ?さぁ?そこまで気にしてなかったし……」



 僕はケンシが何を言いたいのかわからない。



 「いやいや、アイツの一人称は『余』だったぞ。伊達や酔狂でなく一人称で『余』を使う人種って言えば、この国で名字のない一族の方々だけだぞ?」


 「えっと、名字のない一族って言うと……」



 思考がフリーズする。


 名字が存在しない。それは唯一無二の存在の証明であり、シュット国の絶対的支配者を意味している。


 つまり、少年の正体は―――――



 「いつまで、ヒソヒソと話しているのだ?」


 視線を戻す。


 少年は不可解そうな表情を見せている。


 どうする? どうしょう?


 たぶん、彼―――― 少年は正体は――――


 王族。


 この学園は、国の政策として機能している学校だ。


 そのため、貴族だけではなく王族も受け入れる。


 確かに……王族なら、王族との縁あるアリスの婚約者という事も十分あり得る。


 という事は――――あれ?ヤバくないかい? この状況は非常にマズいと思う。


 えっと…… 状況を整理してみよう。 整理中。整理中。整理中。


 つまりだ。 王族の婚約者から、僕はプレゼントを受けたわけで―――――


 それを婚約者である少年が目撃したわけで――――


 その少年が、僕に話しかけているわけで――――



 つまり、結論を出すならば―――― ギロチンの露と消える?



 「だ・か・ら・ いつまで余を放置しているつもりだ?」



 少年の声には、かなりの苛立ちが含まれていた。



 「えっと……貴方様のお名前は……?」


 「ん?おぉ、余とした事が名乗っておらんかったか。これは失敬した。よく聞け、余の名前は――――


 コロロアコロだ。気兼ねなくコロちゃんと呼ぶがいいぞ」


 「……」 


 「……」


 僕とケンシは沈黙した。そして目を合わせる。


 「どうするんだ?これ?」とアイコンタクト。


 解答=どうしようもない。


 「えっと……」と僕は観念して、少年に片手を上げて質問する。


 「ん?質問か?許しましょう」


 「それで、コロちゃん様は、僕にどのようなご用件でございましょうか?」


 「おぉ、用か!用……あるぞ!無論あるぞ!」



 ……ないのか?


 僕らは暫く、頭を項垂れて、無言で考え続けているコロちゃん様を見守った。



 「……はっ!そうじゃ!その短剣じゃ!」



 ビッシっと効果音が出ているような勢いで指を指す。


 それは、僕がサヲリさんから受け取った短剣。 アリスが僕へのプレゼントとして用意した物……



 「余の婚約者から求愛の贈り物を受けるとはな。見た目と反して、中々の色男であるな!」



 カラっカラっと笑うコロちゃん様。 怒っていない? とりあえず、ギロチンは免れたのか?



 「余は、将来、この国を背負う事になるシュット第三王位継承権所持者コロロアコロ。思春期を迎えた婚約者の不貞くらい許そうぞ。余もアリス以外に婚約者が8人いるからな」


 「ハーレムかッ!」って思わず、声に出た。 いや、実際にハーレムを持っていてもおかしくはない立場の人なんだろうけど……



 「なに?ハーレムに興味がある年頃か?ならば就職先に斡旋してもよいぞ?」



 僕は全力で首を横に振る。 男性でありながら、王宮のハーレムで労働する条件は、もちろん去勢だ。


 男としてのシンボルが切り取られるのは、下手したらギロチンよりも辛い……



 「では、そろそろ、本題に入るとしようか」 



 本題?さっきまで用件を聞かれて悩んでいたように見えたけど?


 やっぱり、何かあるのか?



 「さて、余としては婚約者が他の男に色目を使う事自体に感じる事はないのじゃが、困った事に余の周りは違う」


 「周り……?」


 「そうじゃ、側近の者が言うには、『示しがつかない』だから、『不問にしてはならない』と……な?」


 何やら不穏な空気に変わっている。


 「そこでだ。余とお主で決闘を執り行う。負けた方は勝った方に、自らの所有する物を与える。全てを――――というルールだ」





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