平原での一日 幸福の道を求め

「……空が眩しいな」


 草むらのベッドから身を起こす、あのバカ騒ぎにかこつけてグリンと腕試しの喧嘩になってクロスカウンターで気絶してしまったのか、隣には同じように気絶しているグリンが白目を向いて寝ていた。その頬は真っ赤、先に起きたのは俺だから俺の勝ちだな、さてと朝飯にするか。


「あ、おとさんおはよー、うわーお顔のこっちまっかっかだよ、痛い?」

「ああ? グリンの奴め思い切り殴りやがって、まだ痛むな」

「昨日はお疲れ様です、朝食の時にサクラさんに回復魔法をかけて貰います?」


 俺が朝飯があるだろう場所を探してうろうろしていたら、エルとキララと会う。

二人とも朝の身支度を終えて朝食にしようと思っていた所だそうだ。

次いで怪我を魔法で回復すればいいのではと聞くが、残念ながら俺に魔法は効かない何日かはこの痛みとお友達だ。そんなわけで腫れた顔を日乃本に見せながら朝飯。

喰ってる途中にグリンも混じってくる。


「これ、パリパリとふにゃふにゃで変な感じ、でも今日のも美味しい」

「朝飯の定番だな、エルの言わんとしてることは相変わらずわからんが」

「…………っかー! おかわり! いい喧嘩をした翌日の飯は美味い!」

「何がいい喧嘩か、お前はいいが、俺は数日はこの痛みと付き合わんとならんのだ」

「あっはっは、お互い様じゃないですか」

「ちゃっかり日乃本の魔法で回復しておいて、よくもぬけぬけと」

「あ、あっはっは……そうだマオーさん! 出発はいつにするんで!」

「露骨に話題を変えてきやがったな」


 今日の朝飯は今日はコーンフレークに羊の乳と言うお手軽簡単朝食だ。

まあ昨日宴で散々食ったし朝はこれくらいのあっさりが丁度いい。

エルが絶賛し、グリンも口端を汚しながら勢いよくかきこみながら日乃本に器を渡しもりもりと食べていく、もう三杯目じゃないかね、それ。


 話題は昨日の喧嘩に入るも俺が小言を言えば露骨に話題を変える、そうだった俺達の目的は獣人の文化を知る事じゃなくてエスパドル領から帝都に帰るべく案内をして貰う為に同行してたんだった、あんまりにも居心地よくて忘れかけてた。

 さて出発か、う~ん……出発かぁ、またエルがぐずるんだろうなぁ。


「おとさん! エルはいつでも大丈夫だよ!」

「なにっ!? 『キララせんせーともっと一緒にいたいー!』とか愚図らんのか」

「確かにちょっと寂しいけど、おとさんは小倉のおにーさんとお約束があるでしょ、だったら早く帰らないとだよね! それにねキララせんせーが一人でもお勉強が出来る『きょーかしょ』って奴を作ってくれるって言ってた!」


 エルは俺の為を思い早く帰る事を提案してくれる、それはとても嬉しく思う。

そしてエルは不思議な事も言う、きょーかしょ……教科書の事か?

キララに尋ねれば今まで集めた本の切り貼りというやや趣が異なるそれであるがその使用の意図は俺の思う教科書と同じ物だと感じる。うちの娘は勉強熱心な物だ。

俺の子供の頃とは大違い、してその教科書なのだが一日欲しいみたいなので今日一日は部族を見て回って明日の朝にそれを貰い出発する事に。


「ふぃー、ごっそさん、仕事行って来るわ!」

「ふむ、どうせ今日一日する事も無いからな、何か手伝う事はあるか?」

「マオーさん手伝ってくれるんですか、それじゃついてきて下さい」

「エルも! エルもお手伝いするー」

「それでは私は教科書作りに入りますので、失礼します」

「はい、お粗末様、お仕事頑張ってね、グリさん、清孝君、エルちゃん」


 俺達が話している間に袖で無造作に口を拭い食事の終わりをグリンが告げる。

拭うにしても袖を使うなよ、そんな小言を言う暇も無くグリンが立ち上がり仕事へと向かおうとするので俺も追いかける、邪魔にならない程度に何か出来ないものかね。


「うわー! エルの……エルの髪がー!」

「だ、大丈夫かエル!?」

「あー、山羊は雑食だからな、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ! やぎさん痛いから離して! ……離して! どっかいけ!」

「山羊が吹っ飛んだ!? 魔法か? でも道具も何も無しで魔法を使えるのか?」

「あ……ご、ご、ごめ、ごめんなさ……でも、痛くって、いたくってぇ」


 俺達の仕事は山羊の世話、なんだがエルの髪が山羊に食べられるというトラブルが発生、しかもエルが魔術を使い山羊を吹き飛ばしてしまう、グリンがすぐに山羊に近づき安否を確認すれば、幸いにして大きな怪我はしていなかったようだ。

 しかしエルの方は吹き飛ばすつもりは無かったようで顔を青くして今にも泣きだしそうにしている、ではそれを目の当たりにしたグリンと言えば。


「おめー! ちっこいの!」

「ひぅ、ご、ごめんなs」

「すっげえな! ちっこいのに山羊をどうやって吹き飛ばした、魔法か? それともグランがいつかに話してた道具がいらない伝説の技、確か魔術って奴か!」


 その技に目を輝かせエルの肩を抱き何なのかを尋ねていた。

そうだった、こいつも馬鹿なりに知らない事を知ろうとするのに熱心な男だった。

兄弟そろって好奇心の獣って奴だな、妙な所で似たもんだ。


「え? え? う、うん、でも山羊さん吹き飛ばしちゃった、ごめんなさい」

「悪気は無かったんだろ、つかアレはどう見てもうちの山羊が悪い、こっちこそごめんな、ちっこいのは向こうのおねーさん達と羊の世話をしてやってくれ」

「う、うん、本当ごめんなさい」

「偉いな謝れて、兄ちゃん怒ってねーから、ほれ、行ってこい」

 

 エルはそのテンションに押されいつの間にか涙が引っ込んでいた。なんとか謝罪の言葉だけを出せば、グリンは雑食なうえに難しい性格の山羊の世話に付き合わせた自分が悪いと言いながら、別の獣人達の方を指差しそちらに行かせるのだった。

 ちなみに俺か? 今もズボンから引っ張り出されたYシャツの袖を齧られてるよ、俺も羊の世話がいい。


 さて、そんな仕事も終えて食事もさっさと食べ終え散々に散らかったグランの部屋をある程度片付けて隅っこで寝る、ちなみにグランは昨日一日何か新しい魔法の道具を作っていたとか。そして夜が明けた。


「さてと、今日までありがとうグリン」

「おう! こちらこそ短い間だったが楽しかったぜ、マオ―さん、ちっこいの!」


 俺達の出発の日の出迎えにはグリンとグラン、それに沢山の獣人達がいた。

俺の手には獣人から日持ちするチーズやらヨーグルトの類を持たされている。

後で空間魔法水晶に入れておくとするか、量が多いし帰ったら近所に配るかね。


「ちっこいのじゃないってばー! エルはエルだってば!」

「まったく、グリさんは人の名前をちゃんと覚えないとだよ」

「あっはっは! こまけーことは気にすんな! んじゃ改めて、元気でな、エル」

「…………うん!」


 エルは昨日はずっとしょげていたが、一日寝て忘れたのだろうけろっとしていた、ちなみに昨日はキララとでは無く別の獣人達のテントにお邪魔してたとか。グリンに自分の名前を呼ばれ目を見開き驚いた後に元気よく返事を返す。


「エスパドル領の付近までお送り致します」

「ああ、迎えの時といいまた世話になるぞグラン」

「いえ、お気になさらず」


 エスパドル領付近まではグランが送ってくれるというというのも、エスパドル領の間にある丸太橋は一本、俺はそれがどこにあるかなんてさっぱりだ、それを案内して貰う為にグランと一緒に来てもらう事に。


「キララがいないが……教科書は貰ったか?」

「うん、貰ってるよ! おねむみたいだからテントにせんせー自体は置いてきた」

「そうか、なら出発するか」

「皆! また逢う日までー!」


 キララを探して見回ったがどうやら教科書を渡した後、眠ってしまっているみたいで見送りには席を外しているようだ、まあ、今生の別れでも無し、また会って話す時が来るだろう、多くの獣人達に見送られ再会を約束し出発をする。

太陽が真ん中に来た頃に川が見えてくる、あれが獣人平原とエスパドル領の境か。


「さてと、そろそろですね、今日までありがとうございました」

「いや、それはこっちの台詞だよグラン」

「うん、グランおにーさんありがとうございました」

「そっか、どういたしまして、エルちゃん、マオーさん」

「あのね、エル、グランおにーさんに聞きたいことがあるの」

「何だい? 僕で答えられる事なら答えるよ」

「あのね、グランおにーさんは、キララせんせーの事、好きなの?」

「姉さんが好きか……それは姉さんに聞けとでも言われたのかい?」

「あう……」

「まあいいや、そうだね……」


 川が見え始めた所でグランが獣化を解き人型に戻る、俺も最後の丸太橋を渡る直前まで肩を並べる為にエルと共に快晴号から降り、どちらからも言わずお互いに感謝の言葉を述べる、その中でエルがグランにキララの事を尋ねれば。

逆にグランにキララに聞けと言われたのか尋ねられ何故バレたという顔をエルがする。

しかしそれを諫めるという訳でも無く寂しそうな笑顔でグランは話を始める。


「姉さんが好きかと問われれば、好きと答えるね」

「それじゃぁ、キララせんせーと結婚してずっと一緒にいて……」

「それは無理な話だ、僕と姉さんが一緒になる事はないよ、僕の手は姉さんを助ける為とは言えいささか汚し過ぎた、ただ一人を救うにしてはい殺し過ぎた。奪い過ぎた、この手についた赤色はもう一生拭えない僕は幸福になれない。でもそれでいいんだ。兄さんや姉さんの幸福なら僕の幸福なんてちっぽけなものは犬にでもくれてやるさ」

「お前が幸福になれない、そんなk」「そんなことない!」


 グランはその手を眺めながら自嘲する、そこにはたった一人で戦い続け奪い続け。そして今も未だ戦場と言う名の牢獄の中に囚われてしまっていた男がそこにいた。


 俺がそれに声をかけようとする前に後ろの茂みから一人の女性が飛び出しグランに飛びつく、全身が白色の中、瞳だけが青空の如く光る女性、キララであった。

飛びつかれた拍子に二人して草原に転がってしまう。


 いつの間にかついてきていたのか、エルに囁き声でこれはお前とキララの計画かと聞けば、その通りだと言われた。とはいえ、ここで出てくるのではなく恩人でもある俺に説得させようと思っていたとか、しかし感極まってキララが飛び出したと。


「グラが幸福になれないなら私だってなれないよ! グラとお話してるだけで一緒にいるだけで楽しいの。グラが隣にいないだけで寂しくて悲しくて怖いの、グラが助けに来てくれるって信じてた、だから助けに来てくれた時はとても嬉しかった、そんな風に頑張って来たグラの事が大好きなの、グラは汚く何て無いずっと戦い続けて来たとっても綺麗で格好いいよ、グラが幸福じゃないなら私も幸福になんてなれないよ、グラの幸福は私にとってちっぽけなものなんかじゃないよ!」

「僕は……偏屈で頑固で屁理屈ばかりで冗談も通じない、風習や伝統にも平気で唾を吐きかける、そんな傍若無人でつまらない男だよ」

「そんな貴方だから私は愛してるの」

「そっか……僕の幸福はちっぽけなんかじゃぁないのか」


 転がったまま、キララの言葉にグランが目に手を当てる、その目からは一筋の線が光っていた。


「その通りだ、お前の幸福は畜生にくれてやるには惜しい物だと思うぞ、俺だけじゃないグリンや日乃本、部族の仲間達、沢山の人がお前の幸福を願ってるよ」

「…………はい」

「ちょっと計画と違ったけど、ありがとね、エルちゃん」

「うん! キララせんせーとグランおにーさんが幸せならエルもとっても幸せ!」


 丸太橋を音を立てて快晴号が渡り獣人平原を抜け新たな土地に足を踏み入れる。

さて、この先の道もまた幸福の道だろうか……そんな風に思う俺に何を迷っているんですかと言いたげに快晴号が嘶く。そうだな、うん、そうだ


駆け始めよう、人々の幸福を願う晴天の下、この幸福に続く道を。

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