平和の代償
最前線から帝都への帰還の勅命を受け、1週間が経過。小春日和の今は過ごしやすいものだ。それにようやく帝国の領土へと入ることが出来た、関所でも守護英雄と呼ばれ敬礼された。どこにいっても英雄、英雄、ちょっとくすぐったいな、だがそれだけの事をしたわけだ、誇らしく堂々と凱旋しなきゃな。
そういえば、ここから少し行った先に村があったな、久々に暖かい飯を食べて柔らかいベッドで寝れそうだな、魔獣退治の間は村から食料を分けてもらったりしていたが。紛争時代や戦争時代は村も大変で食料はもっぱら魔法で作り出したとかの携帯食料だったからな。見えてきた見えてきた…………なんか、様子がおかしいな。
村が完全に見えるようになったとき、俺は驚きの表情を隠せなかった。
あちこちに倒れている村民、暴れまわったかのような足跡。ドアを壊された家屋。
盗賊か? だが、帝都内の盗賊は傭兵として雇われてたはず。
何があったのかはわからないが、調べるのと死体処理をしてやらねばならない。
魔獣の大半が退治されたとは言うが、辺境や森の奥などには隠れ潜む魔獣はまだそう少なくない、そして人間の死体は魔力を沢山含んでいる、そんなのが野ざらしになっていれば魔獣が寄ってくるかもしれない、急ぎあちらこちらに散らばる死体を運ぶ。全部まとめて燃やせば燃えてくれるだろ、燃やして灰になれば魔力も一緒に消えてしまうはずだったよな。
広場にいる村民全員が死んでいた、死に方は心臓を一突きか銃弾を脳天にだ
一撃で全員が死んでしまっている人間の殺し方を知ってる奴の殺し方だ。
そもそも、普通の盗賊が魔法銃を持っていることからして異常だ。
そうなるとここが公国領に近い事を考えて答えは不当に越境行為を行った公国に雇われていた傭兵だろう、敗戦国の傭兵ほど悲惨な存在はいない、報酬を反故にされることだってあるだろう、領土内からの即刻の退去まで命じられれば、そんな奴らの末路は運よく誰かにまた雇われるか、今回のように村を襲う盗賊堕ちだ。
他を探したら生き残りがいるかもしれないな、村を一通り回るか。
家屋のそれぞれや広場意外の場所を調べていく、出てくるのは死体ばかり。
街の食糧庫や村人が住んでいたであろう家の中も荒らされていた。
そしてとうとう最後の家屋で、俺は不思議な存在を見つけた。
一人の老人、頭に鍋を被り心臓部を守るようにフライパンを付けていた。
確かに魔力を流せば即席の防具になるだろう、傭兵崩れと戦ったのだろうか。
実際手には血まみれになった槍を装備しており、自身も血まみれであった。
そんな老人が一つの家の前で大きく目を見開き誰かを睨むように仁王立ちして死んでいた。威厳と貫禄、そして恐ろしさすら感じる佇まいであった。
「お若いの、聞こえるかね、儂の最期の言葉を」
どこからともなく声が聞こえる、少しあたりを見渡すが、生き残りはいない。
「驚くのも無理はない、目の前の死んでいる儂の魔法じゃよ」
「遺言魔法と言って死んだ後に自身の体に残った魔力で遺言を届けるのじゃ」
目の前の老人の仁王立ちの死体を見る、驚きもあるがその遺言を聞く姿勢を取る。
「この家には儂と儂が拾った娘と暮らしてたのじゃ」
「一昨日のことじゃ公国から来たとかいう傭兵が村の食料を全部寄越せと言ってな」
「そんなの出来るわけないと村長が言ったら襲ってきたんじゃよ」
「その報告を受けた儂は慌てて娘を隠し、自らは外で賊共がここに入らないようにこの扉に魔法をかけ自身も傭兵と戦った」
「しかしなんじゃ、力尽きてしまっての、昔は魔獣とも戦ったが歳には勝てなんだ」
「お若いの、一生のお願いじゃ、どうかこの家にいるじゃろう娘を頼みます」
そこで魔法の言葉は消えてしまう、遺言通りならこの家に娘さんが隠れているのか。俺は老人の死体を家の横に避けて目を瞑らせてやる、安らかに眠ってくれ。
部屋の中に入ってみる、傭兵崩れに荒らされていないため家具も調度品も全て無事であった、このどこかに老人の言う娘が隠れているというが。
俺は装備をテーブルの上に乗せてから手を挙げて戦う意思は無いとアピールする。
それでも出てこない、仕方なく家探しを始める。どこに隠したかも言ってくれればいいものを。
そんな風に思っていたが、案外とそれはすぐに見つかった、ベッドの下に隠されていた。年の頃は10にならないくらいだろうか、黒い髪に帝国にはいない褐色の肌をした少女であった、目元には涙の跡が伺える、ずっと泣いてたのだろうか、今は泣きつかれたのか眠ってしまっている、硬い床の下はかわいそうなので見つけてすぐにベッドに寝かせて待てば数分の後に起き上がった。
「……おじさん誰?」
「…………帝国軍人、清孝魔央」
「ぐんじん……?」
少女は目を擦りながらその大きな黒い瞳で俺を見ながら誰かを訪ねる。
俺はまだ32だが、子供から見たらおじさんか、ちょっと傷つく。
とにも自己紹介をする、しかし声を出すのも久々かもしれないな。
「おじいちゃんが帝国の人が来るまでベッドの下から絶対に出てはいけないって隠れていなさいって言ったの、おじいちゃんは?」
「…………酷かもしれないが聞いてくれ」
少女に俺はここで起きたであろう事を話し始める、老人からの遺言で君を託されたとも、少女は俺が話し終わると。
「村の皆がやっと平和が来たって喜んでた。戦争が終わったって笑いあって、他の町や帝都に避難した人も、兵士で従軍してた人も戻ってくるって、また皆で村で暮らせるって、なんで、おじさんなんでなの、どうしてこの村なの、どうして! ふぐっ……うう、えっぐ……ふぅぅっ……」
俺に向かってそう大声で悲痛な訴えを叫び、終いには泣き出してしまう、それを止める事は俺にはできないただ泣き止むまで隣でずっと支えてやるだけだ。俺は静かに怒りを覚える、何故この村が払わなければならなかった、俺ら軍人が受けるそれを否、受けなければならないであろう平和の代償を。
平和になればおそらく傭兵崩れのような奴は増えていく、それを増やすことになったのは俺達のような軍人だというのにその代償を受けるのは村や街の戦争とは一切関係の無い無辜の人々なのだ、もっと俺がここに早く来ていれば。
そうすればこの少女だけじゃない、もっと沢山の人を助けれたというのに。
少女の話を聞けば、ここには年老いた老人だけが残っていたのだろう。少女だけは老人が拾った子で身寄りが無いからおじいさんと一緒だったのだろうな。
他の帝都や街や村へ逃げたというこの村の人達は報を受ければ戻るよりそっちで暮らすことになるだろう、この村がよみがえるのは……相当先になるのだろうな。
その日の晩、俺は死体を一つ残らず火葬してやった、少女も一緒にその火葬を涙を堪えながらも見届ける、きちんと村の皆やおじいちゃんを弔ってあげたいとか、強い子だな。食糧庫には食料は欠片も残っていなかったので、今日も携帯食料生活だ。
少女にも分けてあげるが、渋い顔をしていた、だが仕方ないだろうこれしかないんだ
だが、ベッドだけは老人の物が残ってたので拝借した、久々のベッドは快適だった。
そしてその翌朝。
「俺は帝都に帰る、一緒に来るか?」
「一緒に?」
「ここに一人には出来ないし、おじいさんに頼むと言われたからな」
「いく、独りぼっちは嫌だから、おじさんと一緒に行く」
「おじさんは辞めてくれ、まだそんな歳じゃない」
「じゃぁ………………おとさん」
「俺は父親だなんて立派なものには」
なれないと、そういいかけて止まる、この子には父も母もいない、拾って育ててくれたであろう老人も死んでしまった。きっと誰かその代わりが欲しいのだろうか。
だからこそ俺を父と呼ぼうとしたのだろうか。
俺はそんな風に呼ばれる立派な奴になれるだろうか……いや、なってみせよう。
「それでいい、君の名前は?」
「エル」
「エルか、これからよろしく、今日から俺が君のおとさんだ」
俺はエルと名乗る少女を助け育てると決めた。そうと決まれば俺はエルを抱き上げて快晴号に乗せてやり俺も飛び乗る、それとエルにコートを羽織ってやる、春になり始めたばかりだ、風がまだ冷たいだろうとそう言ってやれば。ありがとうと笑顔で言う、この子だけでも守って見せる。
老人の最期の頼みというのもあるが、それがこの村を助けれなかった俺なりの責任の取り方だとそう強く言い聞かせながら帝都への帰路に再びつくのだった。
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