第26話 犬属性 サヤ

何度味わってもこの緊張感だけは慣れない

周りの音は一切聞こえない 聞こえるのは高鳴る心臓の音だけ

ハンドルを握り前のシグナルを見つめる

赤色のライトが1つ、2つ、と消え

全てが消え、クラッチを離してギアを合わせアクセルを開ける


先頭のマシンのイン側を伺うが流石に簡単に空けてはくれない

1周目はタイヤも温まりきってはないので、多少滑る

焦る訳では無いが早めに前に出ておきたい


レースの距離的にタイヤ交換は無い

順位を変えるならバトルして前に出るしかない


かといって前ばかり気にしていては後ろに張り付かれてしまう

前走車も、自分のペースよりかは後ろをブロックする形になるのでどうしても周回タイムは伸びない

それにフタされる形になる俺は特にタイムが伸びない

そうなると自分のベストで走れない+後ろから隙をつかれてしまう


最悪のパターンだ





15周はあっという間だった


結局スタートポジションと変わらずの2位

一応全日本デビューは表彰台

…という訳か


もちろん満足ではない

でもマシンは完璧だった

環境も悪くなかった

が仕掛けられなかった自分が一番悔しい

どこかで逃げの姿勢になっていた


ピットに帰るとチームは祝福してくれた

チーム的にもマシンのメーカー的にも

デビューで2位は大金星だろう

マシンは今年の新型

チームも今年から

昨年から開発を続けてきた熟成した他社のマシンより速かったのだから

それは事実だ

だけど1番ではない


ヘルメットを外し、マシンを降りる


「おつかれさん」

と親父に言われる


無言で頷く


「なんだらしくなく、難しい顔してんな」


キメきれなかった、甘かった


「まだ開幕戦じゃねえか、シーズンは長いんだこれから色んなことが変わっていく、それに上手く合わせて今回以上の結果を出せばいいだけだろ?そう焦るな」


そうだな、ちと楽になったよ

ありがと


親父はそう言うと記者の質問に答えに行っていた


「なんだ杉村浮かねぇ顔してんな!2位でも十分だろ!ポイント積み重ねりゃいいんだよ!」


そう言いながらスタッフ達に囲まれ手洗い祝福を浴びた


みんなで悲しみ、喜び

積み重ねてきた感情が時には爆発する


モータースポーツはチームスポーツだ

ライダーの俺だけじゃレースはできない

作戦を決める監督、マシンを一緒に作り上げてきたくれるメカニック、支えてくれるファンが居るから俺は走れる


ピットを離れ表彰台に向かう


シャンパン受け取り1位のライダーに向けて吹っかける


久々に味わったシャンパンの味は苦かった


表彰式が終わり、シャンパンを片手にピットに戻る

と後ろから体当たりをくらった

サヤだった


「スパッと決めて欲しかったなぁ」

少し顔を膨らませながら言った


ごめん


「謝ることじゃないよ!次は待ってるよカッコイイシーン」


今度はニコッと笑いながらそう言った





親父の車に乗り、サヤと家に帰る


サヤは俺に体を預けて寝ていた


「サヤちゃんお前が走ってるときボヤいてたぞ、ハルキらしくないって」


そりゃ俺だって久々で緊張してたし、まだ調子ってもんも出来なかったし


「まぁそうだな、オフの時はとことん構ってやれよサヤちゃん犬タイプだから」


分かってるよ



家の前につき、親父が車を停める


おい、サヤ着いたぞ


サヤの体を揺する


「んー?ぁぁー、ついたぁー?」


空いてない目を擦りながらようやく目を開けた


「トシちゃんありがとー、お疲れ様」


サヤちゃん次もまた頼むなー

そう言いながら親父は車を出した



部屋に入り、荷物をばらして、風呂を沸かす


ソファに腰かけると、すごい脱力感に襲われた

やっぱり体が緊張すると脳も疲れる


サヤが横に座ったと同時に風呂が湧いた音が鳴る


サヤ風呂行くか


「うん!!」


風呂場に入り


サヤの体を洗う


ほら後ろ向いて


「やだ」


そう言いながら俺に抱きついた


おいおい、まだ泡流してないだろ


「ちょっとだけこうさせて」


俺の胸に左耳を当てるようにしてギュッと抱きしめた


俺はシャワーを止めて頭を撫でる


「エヘへ」

喜んでいるのだろう


やっぱり犬だ

そう思ったがそれは言わなかった


もういいだろうとと思い手を離すと

「んーもうちょい撫でて」


抱きしめたまま言われた


喋る犬は扱いずらい


「寒くなってきたから、流してー」


しばらくすると満足したのかそう言った


体を流し、湯に浸かる


サヤはレースの話はしなかった

気をつかっているのだろう

俺があまり満足していなかったから


風呂をあがり体を拭き、リビングに移動して髪を乾かす

サヤのを乾かし終えて自分のも乾かす

ドライヤーを脱衣所に置きに行きリビングに戻る時に

サヤ、ご飯どうしよっか


と聞くとサヤに手を握られた


ん?

俺はそう言ったが、無言で、手をひかれる


連れていかれたのは寝室だった


ん?もう寝るの?


そう聞くとサヤは無言で座った

それにつられて俺も座る


座るなりすぐにキスをされた


長めにキスをされ、サヤが離れる


「ご飯の前にさ、いいかな?」


少し照れながらそう言った




俺がダメって言っても我慢できないんでしょ?


俺が抱きしめて聞くと


サヤが耳元で答えた


「うん。我慢できない」

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