第63話 鬼
「あれっ、マナじゃね?」
僕の誘拐騒ぎのおかげで仕方なく2日帰国を延ばした。
警察にもう少しいて欲しいと言われたからだ。犯人の供述と照らし合わせて聞きたいのだろう。
リアムは喜んでいた。
おかげでクリスマスにのんびりイーサンとリアムとで遊んだラニカイビーチに今度は二人で行くことができた。
「いつ来てもまさに天国…」
そう言いながら海辺をリアムと歩いていたら、名前を呼ばれたのだ。それも日本語で。
声をかけてきた日本人男性は、スポーツをしてるのだろうか、170センチくらいで中肉中背だが筋肉がしっかりついている。背筋が伸びていて、消防士とかが似合いそうだ。少しつり目だが、優しい光を湛えている。さっぱりした野球部のような髪型。
(知らない男性?いや、でも見覚えが…)
「ふえ、まさかユミヤ?うそ、こんなとこで会うなんて…本当に偶然だね!彼女?」
「いや、奥さん。今新婚旅行中でさ」
「初めまして、
「うっわ、おめでとうございます!僕はマナっていいます」
「おまえこそ、隣は誰?彼氏?」
「あ、恋人のリアム。リアム、こちら小学・中学の同級生のユミヤとパートナー。新婚旅行だってさ。そういやあんたいっつもナユに意地悪してたもんね。だから覚えてたんだ」
「おまえさ、ほんっとにナユタ以外のすべてに興味なかったもんな。まるわかりで失礼なくらいだったよ」
「う…ごめん…」
確かにユミヤ以外は全然覚えてない。先生さえもだ。
「でもさ、今だから言うけど、俺がナユをいじめてたのって、おまえの気を引きたくてやってたんだぜ。知らなかったろ」
僕は愕然とした。ユミヤの隣の彼女はそれを聞いて「ユミヤって昔からそういう感じだったんだ、成長してないね」とクスクス笑っている。
「ってことは僕がいなかったらナユはいじめられなかった、ってこと?」
(そんな!)
僕は酷くショックを受けていた。
「ぅ-ん、まあ俺以外はどうか知らない。あんな奴だったしいじめられてないことはないと思うけど」と歯切れ悪くユミヤは答えた。
「…マジか」
僕はショックで倒れそうになって思わずリアムに捕まった。
「だ、大丈夫、マナ?」
僕を必要以上に支える彼を見て、ユミヤがふいに真剣な表情になった。
「ナユが…死んでからずっとおまえの事心配してたけど、良かったな。おまえすげーいい顔してる。良さそうな彼氏ができて…俺めっちゃ嬉しいよ。幸せになれよ」
「あ、ありがと…いや、ユミヤこそ春花さんと幸せにね。こんなとこで会えるなんて嬉しかったよ。声かけてくれてありがと」
「おい、彼氏さん。俺たちのアイドルだったマナを幸せにしてくれよ。頼むぜ。じゃあな」
「うん!じゃあね」
僕らは手を振りあって別れた。二人がぴったりくっついて歩く姿を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになる。
「ふぁー、なんかいいもの見ちゃった。幸せのおすそ分け、もらっちゃたね」
「マナ…アイドルだったの?本当?」と疑わしそうに僕の顔を覗いた。
(僕だってそんなの知らないし)
「…そんなわけがないだろ、あれは嫌味だって。僕、めっちゃ男子に怖がられてて…鬼扱いされてた気がする。小学校の時は、僕が近寄ると『うわー』って男子が逃げてくの。ナユをいじめたやつをボコボコにしてたから」
「鬼…確かに!」とリアムが爆笑し出したので僕はひっくり返るかと思った。
(なんでそこで笑う?)
「だって…怒った時のマナって、まさに鬼って表現がぴったりで…はははっ、めっちゃお腹痛い…」
(いや、僕はそんなに怖くないはずだ。だってリアムに一度も怒ってないし!)
僕は腹を抱えて砂浜にへたり込むリアムを置き去りにして簡易タープにうつぶせに寝転んだ。ふて寝していると、リアムが隣に座って、僕の肩を優しく
「なあに?」とふくれていると、
「ダイスキ」と可愛く日本語で言って、僕に覆いかぶさってキスした。
(ずるい…)
彼は長いキスで僕をやっつけたあと、「ねえ、今夜部屋に行ってもいい?」と耳元で
(絶対わざとだ…)
「どうしよっかな、鬼だしなー」と僕が渋る振りをすると、
「じゃあ、ここで…」と彼は真剣に言って首元に優しく噛み付いてから、どんどん下に向かって舌を這わせる。彼が水着の肩の紐に手をやったので僕は焦って言った。
「わっ、わかった、今夜でっ!だからストップっ…」
こんな海外で
「やったー、じゃあ今夜ね。楽しみにしてるから」と天真爛漫に言って、頬にちゅっちゅと何度もキスした。
子供みたいになったり、大人っぽく僕をドキドキさせたりするリアムを困ったことにとても大好きなのだ。
それに、誘拐騒ぎの後、あんなに笑った彼をやっと見られた。鬼も悪くないかも、と思うのだ。
僕らは夕方からリアムの母とクリスマスディナーの準備をした。用意はリアムの両親とリアムとキアナと、キアナの恋人と僕の6人分だ。
言われた通りに手伝うだけでもとても大変だったのに、
「6人分だからラクチンだし、マナたちに手伝ってもらうのも申し訳なかったわね」と言ったのでびっくした。さすが、フードコーディネーター、毎日仕事で大量に作っているのだろう。
「リアムのお母さんはすごいですね…僕の母なんて全然料理に興味がなくて。だからすごく勉強になります」と言うと上品に笑った。
たまにすれ違って触れることがあるが、彼女の心は美味しくて美しい料理を作って人に喜んでもらいたいという純粋な気持ちであふれている。ルリがこの女性を孫のお嫁さんに選んだ理由が分かった気がする。
「キアナは全然料理に興味がないのよ。バレーボールばっかりでね。でもリアムは小さなころから料理が好きだった。グランマに美味しいものを作ってあげるんだ、ってね」
リアムは母親の言葉を聞いてテーブルセッティングしながら僕に可愛くウインクした。器用に手早く皿を並べているが、ドヤ顔なのが少しムカつく。
(なるほど、彼が料理が上手いのもうなずけるな、母親仕込みなんだ)
「優しいんですね」と僕は彼を誉めた。すると彼女はリアムに聞こえないよう声を潜めて僕に告げた。
「そうね…でも誰にでも優しいから、私はとても心配してたの。特定の恋人も作らずにいろんな女性を連れ歩いてたのも知ってた。街で大勢を連れて歩くのを見かけたことだってあるわ。
だからマナには申し訳なかったわね。夏休みにせっかく来てくれたのに、急用だって帰っていったわよね…。あれは、リアムのせいなんでしょ?」
リアムの母は僕をじっと見つめて言った。
僕は固まってしまってなんて答えていいのかわからなかった。彼の母親に「ええ、目の前でしてたんです、はい」とはとてもじゃないが言えない。かといって「違いますよ、彼のせいじゃありません」とウソをつくのも嫌だ。
「う…」
「手が止まってる。フフ、当たりね」
「すいません」
僕は頭を下げてから手を動かし始めた。
「謝らないといけないのは母親の私ね。リアムは小さな頃からいい子でね、グランマにとても
「いえ…私はリアムの事を好きなだけですから…」
「それだけじゃないわよね。あなたみたいな真っ直ぐな人が一度決めたことを
お見通しだ。僕はこの人を見くびっていた。
「彼女がリアムをお願いって何度も言うので…負けました」
「そっか…私はずっとグランマに負けっぱなしだわ。母親なのに情けないわね」
「リアムはお母さんのこと、とても大事にしてますし、尊敬しています。でもリアムにとってグランマは特別だから…」
「あなたもよ。マナ、リアムをお願いね」
「はい…」
僕とリアムの母が仲良く支度するのを、手持無沙汰になったリアムと帰宅した彼の父が見ながらニヤニヤして見ている。二人共嬉しそうだ。
準備が丁度終わった頃、キアナが恋人を連れて家に帰ってきた。空調が壊れたかのように部屋の温度が一気に10度下がる。
皆がどんな男性かと楽しみにしていたキアナの恋人は…どう見ても美しい、白人の女性だった。
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