第39話 瀬戸内海の島にいます

 リアムとまた友達になれて、僕は嬉しかった。


 ルリとの約束を破らずに済んだのもあるが、結局リアムをとても好きなのだろう。考えれば考えるほど本当にバカみたいだが、つながっていたいのだ。


 彼にはすぐに彼女ができるだろう(もういるのかもしれない)。

 そしていつか僕にも誰か好きな人が出来たりして、この行き場のない気持ちも徐々に消える。

 可哀想な結末の僕の恋だったが、周りを見たら失恋なんてゴロゴロしてる。


 ナユではない人を好きになって、両想いになれて、ラスト以外はあんなに楽しくて幸せな気持ちになれたのだから、感謝しなければならない。

 幸い最後まではないのだ。

 



「どうしたんスか、マナのやつ気持ち悪いんスけど」


 次の朝、日柴喜はこっそりホリジュンに聞いている。


(むっちゃ聞こえてるし)


 僕は知らんぷりしてガスコンロに火を付け、お湯を沸かした。

 そしてバイト先のキャンピングパークから借りてきたロゴスのバーベキューコンロ、『LOGOS the ピラミッドTAKIBI』 を組み立てる。


 これはおもちゃみたいにとても簡単に設置できるし、灰受けにホイルをのせておけば後片付けはとても楽な優れものだ。


 名前に『TAKIBI』とうたってるだけあって、炭火も一度着くと燃え尽きるまできちんと燃える。煙突効果で灰で埋まりにくい構造になっているとヨッシーが説明してくれた。

 小さく畳めるので持ち運びが便利なのもとてもいい。持ってきて正解だ。


 僕はコンビニで買ってきたプリンを日柴喜に渡して、液状になるまで容器ごとシェイクしてもらった。3つもだと結構大変なのだ。

 そして、液状になったプリンをお皿に移し、空いたプリン容器の1杯分の牛乳を計り、プリン液に足してパンを浸した。


「お?これってもしかして…」


 日柴喜が気が付いたようだ。


 火にかけてバターを入れておいたホットサンドメーカーの蓋をスキレット代わりにし、浸したパンとプリン液を入れ焼き色がつくまで両面を焼く。


「フレンチトースト出来ましたよ。好みでシナモンパウダーをかけて食べて下さい」


 お湯が沸騰してきたので、インスタントコーヒーを入れる。二人はブラック、僕はたっぷりミルクを足した。


 二人が恐る恐るシナモンをかけて食べる。本当にプリンでフレンチトーストなんて美味しいのか?とびびってるのがまるわかりだ。


 口に含んですぐに二人が声をあげた。


「うおー、美味しっ。おまえやるな、見直したぞ」


 日柴喜はいつも通りの失礼なことを言った。まあいいけど。


「…めっちゃ美味しい!マナもアウトドア人になってきたね」


 ホリジュンはすごく褒めてくれた。

 

(なんだろう、めっちゃ嬉しい…)


 やっぱり人に喜んでもらえるのが嬉しい体質なんだろうか。


「いえいえ、まだまだです。もうちょっと料理が上手くなりたいなって最近思って…」と言っているうちに頭に浮かんだのは、ハワイで美味しい朝ごはんを毎日作ってくれたリアムだった。


(彼も僕が喜んで食べるのを嬉しがってくれた。今頃は他の女の人に作っているんだろうな…)


 リアムを想ってシュンとしていると、


「本当に今の失恋直後のマナは上がったり下がったりで大変。ほら、日柴喜君が恋人になってあげなよ。今ならマナは簡単に落とせる」とホリジュンが笑ってえらい事を言い放った。


 案の定彼は、


「嫌です。マナは全然タイプじゃないんで」と真顔で眼鏡の位置を直しながら即答したので笑える。


「ふん!どうせ僕は男子みたいですよ。あーあ、僕にこうやって朝ごはんを作ってくれる男性がいつか現れるのかな…」と言っていたら『ピロロン』とメッセージが入った。


 ヨッシーからバイトの連絡かな?と思ってみると、リアムからだった。


『何してる?』


(何って…?)


 でも考えてみたら別れた彼女と友達になって最初に送るメッセージとしては当たり障りのないこんな文しかないのだろう。


 僕は瀬戸内の朝の海と、向かいで座る楽しそうなホリジュンと無表情の日柴喜を撮らせてもらい、『キャンプ』と送った。


『男子とキャンプ?』と30秒ほどで返信が来る。


(リアムってメッセージが返ってくるの早いんだよな…。誰にでもこんな風にしてるから、相手が自分を特別だと勘違いするんだ)


 僕は無視してフレンチトーストをゆっくり食べた。

 

(支配されちゃだめだよ…)


 これからこの村の長老に話を聞くのだから、浮かれてはいられない。




 また今夜もここに泊まる予定なので、テントの前室に椅子やテーブルを収納し、車で目的の家に向かった。


「その目的の集落はもうすぐよ」とホリジュンがナビと地図、両方見ながら言った。


 さびれた漁村だが、かつては村上水軍の本拠地がこの島にあり、今も名字に『村上』と付く人が多数住んでいる。

 

 ひときわ大きくて南向きで日当たりのいい、昔ながらの横長の木造家屋に着いた。

 屋根は真っ黒の瓦、壁は板と漆喰で、白い漆喰部分にはところどころに唐草文様もんようが入っていてこの家が栄えていたことを表している。木製のサッシもよく手入れされているようで美しい。

 もちろんこの家のサイズに合わせて鬼瓦も特大サイズだ。牙を剥いた鬼の精緻な造形に目を見張る。


 黒々と『村上』と書かれているでかい木製表札が玄関の白い塗壁で存在感を放っている。

 玄関の横には南側全面に5けん(約9メートル)ほどの縁側があり、日当たりがいいのでチェアが置いてある。居心地が良さそうだ。

 家の南側は固い土の広場になっている。子供のドッチボールが余裕で出来る広さだ。


 玄関から50メートルほどですぐに海だ。天気が良くてキラキラ光が乱反射する。


(わあ!こんなとこで育ったら海が大好きになるに決まってる。海賊にでもなれそう!)


 僕はちょっと憧れてしまう。


「こんにちは、堀と申します」


 玄関ベルがないので木製の扉をガラガラと鳴らしながら横にスライドさせ、ホリジュンが大声をかけた。




『ねえ、何してるの?』と夜中にメールが入る。リアムからだった。

 こちらが10時だから、ハワイは深夜の3時くらいだ。


(女の子と夜遊びしているのだろうか、楽しそうでいい。僕とだと夜遊びもあまりできないしね…でもこういうのって今はまだ困る。好きじゃなくなってからならいいんだけど…しかし友達ってこんなにメールするんだろうか?アユに会ったら相談してみよう)


 彼女とだと、いつも要件のみのメールだから2往復で終わる。

 少し考えたが質問を無視もよくないかもしれない。

 あっちは酔っ払ってるのかもしれないが、仕方ないので『今夜もキャンプ』と短く返信して、テントと夜の海を撮影したものも送った。

 すぐに『どこにいるの?』と返ってくる。『瀬戸内海の島』と送ってすぐにリュックに放り込んだ。


(なんだこれ、終わらないじゃないか…)


 僕は正直、リアムが怖い。

 まだ彼をとても好きだとわかっていて、たくさんのうちの一人につなぎとめようとしていそうで怖い。彼には悪気がなくて無意識だから、余計に恐ろしい。足元から細くて強い鎖がどんどん這って顔まで登ってきている気がして寒気を感じた。


(誰にも支配されたくない。僕は僕のものでいたい)



 僕は目が覚めてしまい、ホリジュンが疲れて眠るテントから静かに出、海の近くに椅子を持って行って座った。この海はハワイとつながっている。

 ルリはこの今の状態をどう思うだろう。情けない僕を笑うだろうか。

 無性にルリに会いたかった。

 海はとても穏やかで、僕のバイトするアイランドキャンピングパークとはえらい違いだった。



 結局あまり眠れず、早朝に僕は一人で起き出し、流木を集めてたき火台で燃やした。

 燃える火を見るのが好きだ。

 踊り狂う火を見ていると、昨日会った村の長老を思い出す。強くしなやかに生きてきた優しい女性。ルリもそうだ。そういった女性に僕は憧れる。近づきたいと思う。



 二人が起きてきたので僕は網を置き、お餅を6つ箱から出した。餅は常温保存できるのでキャンプにはありがたい存在だ。


「餅?おいおい、俺正月以外に餅なんて食ったことないよ。さすがマナ、意外性だな」


「へー、お餅!嬉しい、大好きなんだ」


 二人が好きなようで安心して網に餅を乗せる。焦げないように見つつ、コンロでお湯をわかす。


「砂糖と醤油でいいですか?」と聞いてから、取り皿にタレを作る。焼けた餅にノリを巻いて簡単出来上がり、だ。


「さあ、おあがりよ」と言うと、二人は嬉しそうに食べ始めた。お茶をティーバックで入れる。


「最高…こういう時、日本っていいなって思うよ。この餅、ぜんざいにもしたいなー、今度作ってよ」


「いいですね、ぜんざい。次回作ります」


「朝からぜんざいスか…俺は焼餅で十分ッス」と甘いものが苦手な日柴喜が言ったので、


「じゃあ次回のフィールドワークはマナと二人かぁ」とホリジュンが笑って言った。日柴喜が「そりゃないっスよ」と情けない表情で言ったので朝から僕は大笑いした。

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