監督就任

 フォア・シーズンズの四人が文化祭の後に野球部に入ってくれるって聞いて、小躍りして喜んでもた。駿介叔父に部員が十一人になって、四人がブランクこそあるもののバリバリの経験者だっていったら、ついに駿介叔父は監督を引き受けてくれることになったんよ。

 ウチは駿介叔父の監督就任の学校との交渉にかかったんや。なんやかんやと言われたけど、最後は校長室で二時間ぐらい粘ったらなんとかなったわ。ホンマ、ボランティアの監督就任だけで、なんであれだけぐちゃぐちゃ言われるか理解できへんわ。

 でもって駿介叔父に聞いたんよ、


「駿介叔父さん、どう思う」

「カオルちゃん、ここはグランドやから監督って呼んでくれる」

「はいわかりました。では駿介監督、うちのチームの現状をどう思われますか」


 駿介監督の見るところ、一年の古城君はまともなピッチャーだそうやねん。ただ小さくまとまり過ぎているところがあって、これを伸ばしてやる必要があるんだって。とりあえず硬式に慣れてもらうことと、もう少し体力を付けなきゃアカンやろってぐらいです。

 古城君以外の一年の残り二人については経験者でしたが「並以下」、元からいた四人に至っては「素人レベル」。駿介監督の評価は相当辛い。まあ、ウチからみてもあの六人はウチのチームの穴やもんな。

 フォア・シーズンズについては、駿介監督は一年から続けていれば強豪校のレギュラーだって可能だって。ただブランクが二年もあるので、これをたった二か月程度でどれだけものになるかって。まあ穴の六人よりは使い物になるってところかな。

 駿介監督は春川君のピッチングにも注目してたんやが、


「春川、ファーストもやってくれ」


 ピッチャーとしてはどうかと聞いたんやけど、


「やはり肘悪いみたいやな。最悪の時のリリーフも考えてるけど、うちの戦力的に野手もやってもらわんと、どうにもならん」


 駿介監督の指導はひたすら、褒めて、オダテて、乗せちゃうってところ。高校野球でよくある鉄拳指導とかゲンコツ指導なんかとは全然違うのよね。ウチも最初の頃は『なんちゅう甘い』って思てたもん。

 ほいでも言葉や態度が優しいから練習が甘いって訳じゃなさそうなの。だってあのヘッポコ野球部が日に日に締まっていく感じがするのよね。そんなにすぐに結果は出るはずもないんやがウチの贔屓目かな。

 そんな駿介監督から、


「カオルちゃん。もうちょっとグランドなんとかならんか」


 大勢力のサッカー部がグランドの大半を使ってるもんで、野球部は端っこでやらざるを得なくなってるのよね。うちのグランドはちょっと変形で、野球部の部室がある辺りがちょっと外に突き出した形になってるの。

 野球部の練習で使えるのは実質的にその突き出した部分だけ。バックネットもあるんだけど、その前もサッカー部に取られちゃってるの。マウンドもあったはずなんだけど無くなっちゃってるみたい。キャプテンに聞いたら、一年の頃はバックネット前で練習してた事もあるって言ってたし、その前は話にしか知らないって言ってたけど、もっともっと広く使ってたって。

 それが長年の不振とサッカー部の繁栄でこんな狭いところに押し込められちゃったってところかな。おかげでシートノックもフリーバッティングも出来へんねん。野手の連係プレーも駿介監督は色々アイデアを凝らしてやってくれてるんやが、この狭さじゃ限界があるもんね。

 GMたるウチの出番なんやけど、サッカー部との交渉は遅々として進まないのよね。あっちはずらりと実績を並べ、部員の数を誇示し、既得権を頑として譲らないってところなんよ。そんな時に練習試合の話が出てきたのよ。

 相手は駿介監督の友達が監督してる丸久工業。けっこうな強豪でシード校の常連。ちょっと強すぎるんじゃないかって聞いたら、


「あのなぁ、うちみたいに弱いところを相手にしてくれるところが、そもそも無いんだって」


 そりゃ、そうだ。うち並みに弱いところを探すのも大変だもんね。この練習試合の話なんやけど、サッカー部に伝わったんだ。秘密にするような話ではないんやけど、サッカー部と延々とやってるグランドの交渉で、


「野球部は練習試合を近いうちにするんだって」

「そうですけど」

「相手は丸久工業だって」

「そうですけど」

「ハハハハ、丸久工業の打撃練習かよ」


 カチンと来たんやが、


「試合はやってみないとわかりません」

「そうだよなぁ、一回コールドか、二回コールドか、はたまた試合放棄かは、やってみんとわからへんもんな」

「うちが勝つかもしれませんよ」

「ワハハハ、ダハハハ、ワハハハ、笑い殺しにするつもりかいな、リンドウさん。冗談もほどほどにしといてえな。百万が一でも丸久工業に勝ったら裸で校内走り回ったるわ」


 やった、やった、ついにチャンスが回ってきた。


「あなたが校内を裸で走るのは見たくありませんが、もしうちが勝ったらグランドの使用取り決めをこれでOKにしてくれますか」

「エエとも、エエとも。その代り、負けたら、二度と再交渉は無しな」


 うるさいウチをこれで追っ払えると考えたみたいで、再交渉が無しという条件と引き換えに、テンコモリ条件の乗せたった。サッカー部のマネジャーにしたら、野球部が勝つわけがないと信じ込んでるからね。


「では交渉成立で。サインお願いします」


 野球部が勝ったら泣きを見るのはアンタやと思う一方で、うちが勝てるかは正直なところまったく自信があらへん。ほいで駿介監督にこの報告をしたら、


「無理言うな」

「でもこれぐらいの不利な条件を乗り越えないとグランドは無理です」

「まあ、そうやねんけど」


 駿介監督は試合の見通しとして、古城君が投げられている間は、まだ試合らしきものになるかもしれんが、古城君が打たれたら、打つ手がないと。今の春川君なら古城君にもはるかに及ばないから、あとはコールドまっしぐらだって。

 ほんじゃ、古城君が完投したらって聞いたら、よくもって七回ぐらい。ただうちのバックは穴だらけだから、五回も難しいかもしれないって。うちの穴はフォア・シーズンズが入っていないセカンドと外野全部。いやフォア・シーズンズだってブランクが大きくて、他の穴よりマシって程度なんよ。穴だらけなんですが、とくにあのセカンドは悲惨の一言。


「カオルちゃん、どうしても勝ちたいんやったら、もう一人ピッチャーがいる。いうても、その辺に転がってるわけやないし」


 古城君は駿介叔父が監督を『ウン』と言ってくれるぐらいの人材みたいやけど、なんと言ってもまだ一年生。硬式の球を投げ始めてからも日が浅いもんね。そのうえであのバックで投げるんじゃ、颯爽と完投なり完封勝利を期待するのは虫が良すぎるのはウチだってわかる。

 春川君は肘さえ完璧なら古城君以上だったかもしれないけど、今の春川君じゃ丸久工業相手に古城君とのリレーで勝つには甘すぎるのもわかるのよね。だから勝ちたいんやったら『もう一人』調達が必要っていうのが駿介監督の希望やけど、丸久工業に通用するピッチャーがそこら辺に転がってたり、購買部に売ってるわけやないもんね。

 でもね、うちの高校にそんな奴が一人だけいるのよ。そう五人目のあんちくしょう。これがガチガチの難物中の難物。こいつを説得するのに比べたら、校長と直談判したり、フォア・シーズンズを説き伏せるなんて、子どもの遊びに見えちゃうぐらい厄介至極。


 説得とか交渉はなんちゅうか、ある程度の常識とか、義理人情とか、共通する感情みたいなものがベースに必要なの。そのベースからあれやこれやと積み上げてく感じかな。そんなものは誰だって多かれ少なかれあるんだけど、アイツは違うのよ。

 アイツは普通やないの、つうか普通の部分がない異常の塊みたいな野郎なのよ。そういう野郎だから逆に協力させる方法も実はあるんだけど、その手が使えないのよ。使えりゃ話は簡単なんやけど、その手を使わずに協力させるとなると、ウチでも途方に暮れてしまう超が付く難物。

 どうしたものか。このウチでさえ、どうしたら良いかわからへんのよね。でもなんとかするのがGMの仕事、他の誰でもないうちの夢のためなんだ。わかってるけど、さすがに自信ないなぁ。弱音はアカンと言いきかせても、どうしたものやら。

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