第37話 覚悟の火


 誘われている。


 そう思いながらも少年は足を緩めない。淡い光を頼りに森の中を突き進んでいく。光から感じるディザルマからそれが唯花のものだというのはわかっている。


 彼の横で爆音が鳴り響く。


 熱風が彼の背中を焼き、押し込めたはずの恐怖が這い出てくる。あの攻撃の一片でも降り注げばひとたまりもない。そう思うと足が竦む。だがそれでも彼は走り続ける。


(大丈夫……!大丈夫……!)


 必死に自分に言い聞かせる。唯花には自分の肉体が必要だ。だから、攻撃はしてこないはず。こうして誘導までしてきていることからも明らかだ。


 しかし、行ったところで何ができる?


 ここに来るまでに何度も浮かんだ疑問だった。


 自分の肉体が欲しくてこうして手招きしている相手に向かっていくなんてまさに飛んで火に入る夏の虫ではないか。


 あの場所で二人がどうなっているかもわからない。


 もしかしたら、もう真莉の命は潰えているかもしれないし、真莉が唯花を殺してしまっているかもしれない。あるいはもっと状況は複雑になっているかもしれない。そのときにできることはあるのか、あったとしてもただの徒労に終わるだけではないのか。


 わからない。


 自分に何ができるかなんて皆目見当がついていなかった。


 何ができるかはわからない。ならば大切なのは何を望むかだ。それさえ分かっていれば、確かな意志さえ持っていれば、何が起きていようと決して揺らぐことなどない。


 灯護は持っている。


 こうして誰もいない場所で持つこの感情は、この意志は、確かに他の誰でもない彼自身のものだ。


 最初はただの衝動だった。


 真莉が危機に陥っていると聞いて、そしてそれが自分のせいだと聞いて、いてもたってもいられなくて飛び出した。


 次に兄のことを想った。


 真莉の命は、命を賭して悠斗が守り抜いたもの。その命が無残に消え去ることで、悠斗の想いも霧消すると思うと、地を蹴る足が強くなった。


 最後に唯花のことを想った。


 彼は、ただ一つだけ確信している。


 このまま自分が行かなければ――――


「うわっ!」


 張り出した根に躓いて激しく転倒する。猛烈な速度で体が投げ出され、地面を跳ねる。硬い木の幹に激突してようやく動きを止める。


 彼に怪我はない。腕に巻かれた真莉のブレスレットが彼を守っているのだから。


 泥を握りしめ立ち上がる。


 守られている。今も。そしてこれまでも。そんな彼女の命が今潰えようとしている。


 見過ごせるはずがない。


 必死に生きてきた彼女の命。それは兄が守ろうとした命でもある。


 冷たい雨の中で彼の心に火が灯る。それは覚悟の炎。博物館で抱いたものとはまた別のものだ。彼の枷がまた一つ焼け落ちる。


 少年の足が浮き上がる。


 情愛の糸を使い、一直線に森を抜ける。


 木々を掠め、雨を散らして進んでいく。


 進むほどに雑念は剥がれ落ち、雨に研磨されていく。心が一色になっていく。それでもなお足りないと、彼はさらに思考を鋭く研いでいく。


 何度も同じ言葉を心内で繰り返す。


 ただ一つ。ただ一つのことだけ考えろと。


 洞窟の入り口にたどり着く。暗闇の中、淡い光に浮かびあがったその場所は巨大な怪物の口のよう。いかにも不気味な光景だったが、しかし彼は何の感慨も浮かべずに駆け入る。それほど彼は集中していた。


 たどりついた時にはもう、彼の思考は一色だった。


 そして洞窟の奥にたどり着く。

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