第4章 第2話 危うい関係 その3
二人は逢沢くのりの提案を受ける事で、意見を一致させた。
現時点で有用と言える情報を持っているのは、くのりだけだ。
本部からは相変わらず、役に立つ情報は一切下りてきていない。
先手を打って行動できる時間を考えると、もはや迷っていられる状況ではなかった。
「ありがとう。敵としては厄介極まりない相手だけど、共闘相手としてはこの上ない。助かるわ」
そう言ってくのりは、握手を求めるように手を差し出す。
が、深月もうてなもそれに応えようとはしなかった。
あくまで一時的な共闘であり、この件が解決すればまた敵対する立場だとわかっているからだ。
くのりもそれを十分理解しているからか、気分を害した様子もなく、苦笑しながら肩を竦めて手を下げた。
「協力するのはいいとして、この情報、どれくらい正確なわけ?」
タブレット端末で敵部隊の情報を確認しながら、うてながくのりを見る。
「二人はもう捕らえたのよね? なら、向こうの戦力は残り十三人ってところかな」
「データにある人数とほぼ一緒のようだけど、根拠は?」
「面識があるのはリーダーの男だけだけど、そいつの周辺から探ってあたりを付けたって感じ。多少の増減はあるかもだけど、誤差の範囲でしょ」
この三人であれば対処できる数だと確信しているのか、くのりは不敵な笑みを浮かべる。
「よくそこまで言えるものね」
「そこはほら、拳を交えた仲だしね、信じてる」
くのりは冗談めかして言うが、それを笑って受け止められるほど、二人は心の整理ができてはいなかった。
特に深月は、一時的な共闘関係を続ける必要がなくなった時にどうすべきかと、考えずにはいられない。今は考える時ではないとわかっていても、思考の隅に見え隠れしてしまう。
「ちなみにこの施設って、どこにあるの?」
「意外と近くよ。ここから車で一時間くらいの山奥」
うてなの質問に答えながら、くのりはディスプレイの地図に現在地から目的地までのルートを表示させる。
そのまま周辺の地図を拡大表示させ、施設の見取り図を隣に並べる。
「周囲に他の施設はなし。一帯を組織が買い上げてるから、一般人が立ち入ることはまずないと思っていい」
「つまり、遠慮なく銃をぶっぱなしてくるってこと?」
「当然。ま、いざとなれば街中でも平気で撃ってくるだろうけどね」
想定される相手の非常識さに、うてなは呆れたと言いたげにため息をつく。
「で、施設は高い壁で囲まれてる。出入りできるのは正面の一ヵ所のみ。ここに見張りがいるのは間違いないでしょうね」
見張りがいると想定できる場所に、くのりは印をつけていく。入口以外にも、建物の屋上などにもいると考えられる。
「さっきも言ったけど、三つある棟のうち、龍二たちが捕らわれているのはまず間違いなくこのC棟よ」
「そう言い切れる根拠はあるの?」
「このC棟はどうやら、他とは用途が違ったみたいなのよ。なにを隔離する場所だったかはわからないけど、監禁できる部屋がいくつもあるの」
「捕虜を収容する施設だった、ということかしら」
「とも違う気がする。ねぇ、本当に久良屋も知らないの?」
再びそう尋ねてくるくのりに、深月は首を振る。
「そっか。エージェントの中じゃ、久良屋が一番あいつに近いから、そういう話も聞いてると思ってた」
「博士のことを言っているのなら、買いかぶりすぎね。あの人にとっては私も、ただのエージェントにすぎないわ」
謙遜ではなくそう断言する深月に、くのりはまだ納得していない様子だったが、それ以上は踏み込まない。
「この見取り図、どこまで当てになるの? なんか事故があったんでしょ、ここ。放棄されたなら、その時のままだったりしない?」
「その点は大丈夫でしょ。施設そのものはほぼ損害がない状態らしいから」
「じゃあなんで放棄しちゃったの?」
「実験施設だったみたいだから、毒ガスでも漏れたのかもね」
本気で言っているのではないと顔を見ればわかるが、絶対にあり得ないと断言することもできなかった。
数年前に放棄されてなお、施設は解体される事もなく現存しているのだ。
なにか特別な事情があると考えるのは、ある意味当然だった。
「とにかく、ここに逃げ込んだのなら、派手な戦闘をやるつもりがあるとみて間違いない。個々の能力はそうでもないけど、楽に倒せる数と装備でもない」
「だから一人では無理と判断したわけね」
確認するような深月の言葉に、くのりは頷く。
ただ敵を制圧するだけなら、装備が不足しているくのりでもなんとかできる。だが、人質の安全を考えた場合は不可能だった。
龍二だけを助け出し、脱出することならば可能だ。
その場合、安藤奏は見捨てるしかない。
それができないから、くのりは今ここにいるのだ。
「正直、人員がどう配置されているかまではわからない。ここに関してはもう、出たとこ勝負になる。偵察してから作戦を練ってる余裕は、ないでしょ?」
くのりの意見に賛同するように、今度は深月が頷く。
うてなならば気づかれずに偵察もできるだろうが、時間だけはどうにもならない。
リスクは承知で、勝負に出るしかない。
「それで、誰がどう動くかだけど……」
「私が見張りを制圧しながら囮になる。そっちはその間に潜入して二人を助ける。で、脱出して逃げる」
それ以外の選択肢はないと、くのりは断言する。
「私だって気づけば、あいつらは絶対に食いつく。囮役としては、これ以上ないくらいの適任ってわけ。少なからず混乱もするだろうから、タイミングを合わせて救出に動けば、リスクも軽減できると思う」
「上手く行ったとして、あなたはどうするの?」
「合流できそうならそうするつもり。せっかくなら、龍二とも会いたいし」
おどけた口調ではあるが、そこには確かな熱が込められていた。龍二に会いたいという気持ちは、事情を抜きにしてあるのだろう。
どうにも龍二が絡むと不思議な感情をみせるくのりに、うてなは戸惑ってしまう。
そこまで一人の人間に固執する様が、不思議で仕方ない。
「あいつに会いたいなら、助ける役のほうがいいんじゃないの?」
「囚われの王子様を助ける役には正直憧れるけど、今回は譲る。少しでも安全な方法で助けたいから」
あの逢沢くのりが発したとは思えない言葉に、うてなはますます微妙な顔つきになる。王子様というのが比喩ではなく、彼女にとっては真実なのではないかと思えてしまうのだ。
「ま、あんたがそれでいいならいいけど。そっちがピンチになっても、助けにはいけないかもよ?」
「必要ない……っていうか、ピンチになればそれだけ囮としての役割を果たせてるってことになるし。私なら遠慮なく見捨てて構わない。たとえなにがあっても、ね」
一切の迷いもなく、くのりは言い切る。
「だからそっちはよろしく。龍二と奏さんを、無事に助け出して」
「言われなくてもそのつもりだけど」
なぞのモヤモヤとした感情を持て余し、うてなは素っ気なく答えて炭酸飲料のボトルに口をつける。
なにがそこまで引っかかるのか、言葉になりそうでならない。
捨て駒にされても構わない。むしろ自分からそのつもりで来たと、くのりは言ったも同然だ。
逢沢くのりは仲間ではない。どちらかと言えば、敵だ。
そんな相手にどんな感情を抱くのが正常なのか、うてなは考えた事がなかった。
そもそも一度戦っただけの相手だ。
どんな人間なのかすら、未だによくわからない。
実際にこうして話してみて、なおも掴みどころがない。
だから、今抱えている不思議な苛立ちがどこから生まれてくるのかもわからなかった。
「あんたがどうなろうと関係ないけどさ」
それでも、一つだけはっきりと形を持つ言葉が浮かんできた。
「これ以上、あいつを苦しませるようなこと、するなよ」
その言葉にどういう意味が込められているのかを、くのりはすぐに理解できず、小さく首を傾げる。
が、なんとなくうてなが言いたい事を察して、口元を綻ばせた。
「するわけないでしょ」
そして、小さく笑う。
うてなに言われるまで、くのり自身、見落としていたのだ。
つい忘れてしまうと言ってもいい。
自分の身を案じるという当たり前の事を。
そうだ、とくのりは思い出し、笑った。
彼のためにも、自分は生き延びなければならないのだ、と。
「方針は決まったわね」
二人の様子を眺めていた深月は、区切りがついたと判断して立ち上がる。
「あとは時間との勝負になる。急いで準備をしましょう」
テーブルを離れ、置きっぱなしにしていたスーツを手に取る。
うてなも立ち上がり、着替えるために移動する。
「じゃあ、私にも装備、貸してくれる?」
当然のように二人に並び、くのりは並んでいる武器を眺める。
「スーツの予備、あるでしょ? サイズ的には……久良屋のほうが近いかな」
「厚かましいわね。そう簡単に貸せると思う?」
「前のやつはもう限界なの。情報の提供料ってことで、いいでしょ?」
そう言って服を脱ぎ始めるくのりに、深月はため息まじりに頷く。
後々の報告を考えると悩めるところだが、背に腹は代えられない。
それに、こうも考えられる。
報告する際の問題点が今更一つ増えたところで、大差はない、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます