第60話 盗難未遂? 事件

 翌朝、教会へと来ると教会の入り口には長蛇の列が出来、教会前の広場は人々で溢れ返っていた。


「あれ全部が腹黒司教の神の奇蹟を見に来た人たちなんですよね? オットー助祭が神の奇蹟を行ったときの三倍はいますよ!」


 ロッテが驚きの声を上た。


「司教ってだけでありがたいのかしら」


「まあ、普通に考えればそうなんだろうな」


 司教と助祭では会社の重役と係長ほどの差がある。

 同じ神の奇蹟ならくらいの高い司教から行使される方がありがたいのだろう。


 女神・ユリアーナに対する信心深さや、人々の価値観が地球の中世ヨーロッパに近いと考えれば理解できる。


「何にしてもギャラリーが多いのは好都合よ。何と言っても効果的だもの」


「はあ……」


 口元に悪戯な笑みを浮かべているユリアーナと表情を曇らせるロッテ。

 対照的というか、二人の性格がにじみでる反応だよな。


「どうした?」


「自業自得とは言え、少し気の毒かなあ、と」


 表情を曇らせるロッテに聞くと、少し困ったような笑みを浮かべた。


「なーに? あんな失礼なヤツに同情なんてしなくてもいいわよ」


「でしょう、か……?」


 司教という高位の神官に邪険にされるくらいは一般市民のロッテからすれば普通のことなのだろう。

 だが、女神であるユリアーナからすれば許せない事らしい。


「災いの芽は早いうちに摘んでおかないとだめよ」


「災い、ですか」


「そう、災いよ! あんなのを放置したら不幸な目に遭うのは無垢な信者と住民たちだもの」


 己の度量の無さには気付いていない女神様が続ける。


「権力者が悪さをすると一般信者が不幸な目に遭うでしょ? それを未然に防ぐんだから善行よ」


「ですが、行き過ぎた罰は女神様がお許しに――」


「許します。やっちゃいなさい!」


 ロッテの言葉を遮って当の女神様がピシャリと言い切ると、


「はいっ!」


 背筋を伸ばしたロッテが反射的に承諾した。

 とは言え、ヤルのは俺なんだけどな。


「さあ、覚悟が決まったところで教会へ入ろうか」


「そうね。神罰を下す相手を見つけださないとね」


 足取りも軽く、ユリアーナが先頭を切って教会の裏口へと歩き出し、俺とロッテはその後を追った。


 ◇


 教会の裏口で二十歳前後の神官見習いに取次を頼む。


「オットー助祭と約束があって参りました」


「え! オットー助祭に?」


「はい、お約束頂いているはずですが?」


「オットー助祭はちょっと別件で手が離せません。申し訳ございませんが午後にでも改めてお訪ね頂けませんでしょうか?」


 オットー助祭に確認もせずに午後に予定を変更させる?

 神官見習いが助祭のスケジュールを勝手に変更するなんてあるのか?


 オットー助祭には口裏を合わせるように言い含めてある。彼の律儀な性格を考えるとユリアーナに会うこともなく予定変更を他者に頼むとも思えない。

 自然と俺とユリアーナの視線が交錯する。


「慌ただしいようだけど何かあったのかしら?」


 若い神官見習いの気を惹くようにユリアーナが愛らしい笑みで尋ねた。


「いえ、何もありません」


「入るぞ」


「あ! ちょっと待ってください!」


 隙を突いて教会内へ入るとユリアーナに気を取られていた若い神官見習いが慌てて追ってきた。


「困ります! 助祭は立て込んでいらっしゃいます」


「出直すつもりはないわよ」


「おじゃましまーす」


 揚々としたユリアーナの声と遠慮がちなロッテの声が後方から聞こえた。

 続いて神官見習いの悲痛な声。


「え? だ、ダメす! 勝手に入らないでください!」


「オットー助祭は自室か?」


 彼の自室へと続く通路を指さすと見習い神官が再び俺を引き留めようときびすを返す。


「お願いですから勝手に入らないでください」


「どうやら自室のようね」


「助祭様が来客を自室に招くなんて初めて聞きました」


 ユリアーナとロッテが見習い神官のあとを悠然と進む。


「いま、本当に立て込んでいるんです! オットー助祭も来客の対応ができる状況じゃないんです!」


 引き止めようと俺にしがみつく見習い神官を引きずってオットー助祭の自室へと歩を進めた。


 ◇


「とっても忙しそうですよ」


「本当に何かあったようね」


 ロッテとユリアーナのつぶやきが重なった。

 二人の視線の先にはオットー助祭の部屋があるのだが、扉は開け放たれ部屋の前ではオットー助祭と司祭クラスの見知らぬ神官、衛兵が深刻そうな表情を浮かべている。


「無くなった物はないのですね?」


 年配の衛兵の質問に、


「はい」


「教会に侵入した者は過去にもいますが、助祭の部屋へ侵入したのは初めてです」


 肯定するオットー助祭と被害がないことに幾分か安堵の色を見せる司祭。


「まるで家探しをした後のようですよ」


 部屋の中から出てきた若い衛兵が部屋の中を振り返りながら言った。


「怪しげな魔道具が仕掛けられた形跡もないのか?」


「それもありません」


 司祭が年配の衛兵に言う。


「被害はありませんでしたの。これでお引き取りいただけませんでしょうか」


 何者かがオットー助祭の部屋に侵入して家探ししたと言うことか。

 予想どおりの行動に出たようだ。


「ユリアーナ様が言った通りになりましたね」


 ロッテの言葉に「でしょう」と笑顔で答えると、続いて俺を見て得意げに胸を張る。


「どう? たっくん」


「俺の負けだ。ユリアーナの読み通りだ」


 両手を軽く上げて敗北を認めた。

 オットー助祭も自分と同じように神聖石を持っている。


 そう考えた腹黒司教が神聖石を奪いに来るだろうと予想していたのだが、簡単に発覚しないように上手くやると思っていた。

 まさか、こうも思慮に欠ける行動に出るとは予想外だ。


「敵は知恵が足りないようね」


 とユリアーナ。


 まったくだ。

 もう少し知恵を回せよ。

 

 騒ぎが大きくなると俺たちも動きづらくなる。

 迷惑な話だ。


「ユリアーナさん、シュラさん」


 俺たち三人に気付いたオットー助祭が「どうしてこちらに?」と驚いたようにつぶやいた。


 そりゃそうだ。

 取り次ぎがあるはずなのに、それをすっ飛ばして直接訪ねてきたのだから困惑もするよな。


「親切な見習いさんが案内してくれたの」


「えっ! ええーっ!」


 神官見習いの驚きの声をよそにユリアーナが続ける。


「事情は案内の見習いさんから伺ったわ。大変だったようね」


「嘘です! 私は何も言っていません!」


 神官見習いの声が通路に響き渡る。


「教会の、それも助祭の自室に侵入者なんて怖いわー」


「濡れ衣です! 私じゃありません!」


 だが誰も取り合わない。

 ユリアーナの背後で神官見習いの声が虚しく響いた。


「幸い無くなった物もありませんし、ちょうど部屋の模様替えをしようと思っていたところです」


 オットー助祭が大丈夫だとほほ笑む。

 ユリアーナもほほ笑む。


「被害もなかったようだし、少し時間を取れるかしら」


「え、と」


 オットー助祭が司祭と年配の衛兵に助けを求めるように視線を送る。


「面会の約束かね?」


「はい、既に約束の時間を過ぎております」


 司祭の助け舟にオットー助祭が即座に乗った。


「教会としても被害がない以上、特に問題にするつもりはありません。助祭を解放して頂いてもよろしいですか?」


 司祭の提案を年配の衛兵が承諾した。


 さて、これで教会内をある程度自由に動き回れる。

 待ってろよ、悪徳司教。


 自然と口元が緩む。

 見回せば、ユリアーナも同じように口元を綻ばせていた。

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