第56話 入札

 シンプルな入札方法を取った。

 こちらの用意した紙に各自が名前と金額を書いて箱に入れる。全員が入札を終わったところで、その紙を俺が開封していくというものだ。


 各自が名前と金額を書く間、俺たち関係者は部屋の外で待機することにした。

 部屋のなかは入札者のみ。


 これなら不正も可能だ。

 特に談合にはうってつけのシチュエーションである。


「うわー。案の定、あのいけ好かない執事が談合を持ち掛けたわ」

 扉の外で聞き耳を立ててたユリアーナが満面の笑みを浮かべた。


 その隣でユリアーナに盗み聞きを止めるように涙ながらに諭すロッテ。ときおり、俺に助けを求める視線を向けるが、俺もユリアーナを説得する自信はない。

 必然的に目を逸らすことになる。


 因みに、オットー助祭はというと。

 何も見なかったことにしようというのか、壁に向かって何やら祈りを捧げていた。


 その祈りを捧げている相手が、扉に耳を付けて盗み聞きをしているとは夢にも思っていないんだろうな。

 何だか、女神・ユリアーナを信仰するこの世界の人たちが気の毒に思えてくる絵面だ。


「たっくん、終わったようよ」


 瞳を輝かせたユリアーナが扉を指さした。

 獲物を見つけた肉食獣の目のように思えるのは気のせいだと思いたい。


 ◇


「それではこれより入札の結果を発表いたします」


「勿体付けるな。どうせ全員、最低価格なのだろ? さっさと価格を下げてやり直せ」


 下級貴族に仕える執事が意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた。

 お前が主人である貴族の名前を臭わせて、他の入札者たちに最低価格で入札するよう圧力を掛けたことを女神様は知っているぞ。


 女神・ユリアーナが盗み聞きした不正の内容は、全員が最低価格で入札し、価格を下げさせて再入札に持ち込もうというものだ。

 だが、残念ながらお前の企みに乗ってくる人はいなかったようだな。


 皆の眼の前で全ての紙を開封した。

 入札価格の下限を書いたのは執事だけだ。誰一人として彼の企てに加担するものはいなかった。


「ギルベルト商会のオイゲン・ギルベルト様が落札されました」


 落札者は早々に競売への参加を承諾した大手商会の商会長。紙には上限の落札価格が記されていた。

 オイゲン・ギルベルト商会長がホッとした様子で椅子の背もたれに体重を掛ける。その様子から自分と同じように上限価格で入札してくる者が他にもいると心配していたようだ。


「バカな!」


 執事が椅子を倒して勢いよく立ち上がると、彼の指示通りに動かなかった入札者を次々と睨み付け、その視線はギルベルト商会長のところで止まった。

 だが、睨み付ける執事など意に介さず、ギルベルト商会長が言う。


「では、このブレスレットは私の弟が所有者であった、と言うことでよろしいかな?」


「お好きなように主張なさってください」


 俺がそう言うと、全ての決着が付いたことを察した農場主が口を開いた。


「どうも私の勘違いだったようです」


 続いて、ライザー商会の若旦那と問屋の主が互いに苦笑いを浮かべる。


「世の中にはよく似た品がありますからね」


「まったくです」


 だが、一人だけ納得していない者がいた。

 執事である。

 彼は理解できないと言った様子でギルベル商会の会長を見る。


「何故こんなバカげた金額を……」


「信用と評判を買ったと思えば安いものですよ」


 商会長の言葉に執事を除いた他の参加者が顔をしかめた。してやられた、と言った表情だ。

 執事派と言うと憤りを隠さずにギルベルト商会長に噛みつく。


「提案通りの額で入札していれば最低価格を下げざるを得なかったんだぞ! そうすればお前の言う信用と評判はもっと安く買うことが出来たんだ!」


 俺のことを指さすと、


「こんな小僧に無駄金を払うなど、どうやらギルベルト商会の商会長も評判ほどのやり手ではないようだな!」


 ギルベルト商会長に向かって吐き捨てた。

 だが、当のギルベルト会長は執事に憐れみの視線を向けるだけだ。予想外の反応に執事が地団太を踏む。


「本当に分からないの? 知能が足りないようね」


 ユリアーナが煽るように溜息を吐く。

 隣で蒼ざめているロッテとオットー助祭が気の毒になってくる展開だ。


「何を言っているんだ?」


 執事の矛先がユリアーナに変わった。


 放っておいたら何を言い出すか分からない。

 俺は背後からユリアーナの口を押え、彼が納得できるよう説明することにした。


「皆様方と同じようにご自身、或いは肉親や知人の所有物だった、と盗品の返還を求める方々が外に溢れています。それこそ、皆様と同じように一つの品物に複数の方が返還を求めているのです。なかには、勘違いなどではなく、嘘を吐いている方もいらっしゃるかもしれません」


 俺が一拍おいたタイミングで、突然、ギルベルト会長が核心を突く。


「嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かるものだよ。つまり、名乗りを上げておいて品物を持ち帰らなかったら……、さて、嘘吐きたちはそんな者たちをどんな目で見るかな?」


 いや、どんな目で見るか、もないだろ。あんた、『嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かる』。って最初に言ったじゃないか。


「それは……」


 執事の顔がみるみる曇った。


「理解できたようだな」


 ギルベルト商会長はそう言うと、ブレスレットを手に立ち上がった。そして俺たちと他の入札差に軽く会釈をすると出口へと向かう。


「待て! いや、待ってくれ! 倍だ! 倍の金額を出す。それを譲ってくれ!」


 執事がギルベルト商会長に追いすがるようにして部屋を出て行った。


 ◇


 入札者全員が退出すると、オットー助祭が誰にと話に沈痛な面持ちでつぶやく。


「果たしてあそこまでする必要があったのでしょうか?」


「そうですね、少しやり過ぎたかもしれませんね」


 オットー助祭に同情したのか、入札者たちに同情したのかは分からないが、ロッテも悲し気な表情を浮かべた。

 だが、そんな二人をユリアーナが一蹴する。


「嘘を吐く方が悪いのよ」


「ですが、これであの人たちが街に住めなくなったりしたら、それはそれでかわいそうじゃないですか」


「嘘つきが減って街もよくなるんじゃないかしら」


 間髪容れずにユリアーナが返した。

 話が逸れたので元に戻すか。


「さた、次の盗品の所有権を主張する人たちに入ってもらおうか」


「また同じことをするんですね」


 肩を落としたロッテに言う。


「もう、入札は行わない」


「え?」


「どういうことですか?」


 茶番が繰り返されると思っていたのだろう、ロッテとオットー助祭の顔から陰鬱とした表情が消え、期待で頬が好調している。


「真実の鏡が嘘を暴いたところから、入札、悔しがる執事までの一連の出来事を事前に説明してから、改めて所有権を主張するか聞くから揉めることもないと思うぞ」


「えええー!」


「冗談ですよね?」

 ロッテとオットー助祭の驚きの声が返ってきた。そんな彼らの様子をユリアーナが面白そうに見ている姿を俺は視界の片隅で捉えていた。





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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


『必中必殺の聖者 無敵のデバッグキャラで異世界の悪を討つ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893976148


新作です。

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