じゃあな。

 サッカーは優雅だ。


 サッカーは美しい。


 俺が最も求めているのは、会場が湧くような、イマジネーション溢れるプレーだ。誰も思いつかないようなプレーができた時、みんなの驚きや称賛の声が俺の脳に快楽物質をもたらす。


 俺はそのためにサッカーをしている。サッカーはゴールを奪うために様々な、いや、無限のルートがある。


 泥臭いプレーなんてのは、誰だってできる。違う。サッカーはイマジネーションを競うスポーツなんだ。


 今日、また新しいルートを編み出した。これは中盤で主にできる技だが、サイドが足速い場合に上手く決まる。


 主に、カウンターの時、中盤で受けた縦パスに対しつまさきでコントロールしてサイドにつなぐ。これはワンタッチかつバックスピンをかけるのがコツだ。こうすると、ほとんどの場合、ディフェンダーには読まれない。そして、フリーでサイドの選手がボールを持つことができる。


 これで俺は今日、グラウンドを沸かせた。あきも見ていたかな。


 自分の中では、あのデート以来、『あき』と呼ぶようにしている。今日は『あきちゃん』ではなく『あき』と、現実でも呼ぶことに決めた。どんな反応するかな。


 わくわくが止まらなかった。今日は2回目のデート。このサークルからのデートの流れは最高だ。最高の気分で週末を迎えられる。


 俺は一番遅くなるためにゆっくり着替え、サークル仲間を見送る。活動終了時間は同じだけど、あきが部室から出てくる時間は結構遅い。だから、しばらく待つことになるが、ボールと遊んでいれば、全く暇じゃない。


 ガラガラガラっと音がする。この大学特有の滑りの悪い部室の扉の音だ。あきが出てきた。こちらに向かっている。


今日はあんまり考えすぎないように。


 あきが来る、相変わらず私服はおしゃれである。細いラインが際立つベルトが俺のお気に入りだ。


「待たせたな。」


腰に手を置いている。


 2回目がオッケーってことは、1回目が楽しかったってことだよね?


 というメッセージをしおりに送ろうとしたが辞めた。あれから、しおりとは話してもいないし連絡もしていない。俺なんかしたかな。


「行こっ」


あきは俺の右を歩いていた。


「明日から大会なんだっけ?」


3連休は確かそうだったはず。


「そうだ。」


「まじか、じゃあ、絶対見に行くよ。」


このセリフは少々無責任だったと、後から思った。




 店に着くと、彼女はこう言った。


「その腕時計、どうしたんだ?」


俺はメニューに目を通す。今日も豪遊しようかな。


「あ、これ?かっこいいっしょ!」


見えるように突き出す。


 俺はメニューを見続けていた。


「ああ、かっこいいな。どうやらセンスが似ているようだな。」


あきはひどく気にいったみたいだ。


 この腕時計付けて良かったーっと、この時は思っていたよ。


 メニューがほとんど決まり、店員を呼ぶボタンを押そうとしたとき、俺は手を掴まれた。


「もう一度聞く、その腕時計はどうしたんだ?」


な、なんだよ。いきなり。


 俺が、え、という形に口を開けていると、


「買ったのか?」


あーそういう。


 何かあるのか、この腕時計に。


 まあ、あきが落としたとか、あきの友達が落としたとかだとしても、拾ったと言えば問題ないよな。返せばいいし。


 考えすぎるな。


「これは、拾った。」


あきの黒目が小さくなる。それは驚きなのか、怒っているのか。


「どこでだ。」


その表情は崩れなかった。場所は重要なのか?


 考えすぎるな。


「えっと、大学のちか…」


くの公園と言おうとした瞬間、あきは立ち上がった。


「帰る。」


 彼女は早歩きで行ってしまった。俺も走って追いかける。


 胸騒ぎが止まらない。


 その様子に気づいた店員さんが、困っている。俺は、


「すいません、急用ができちゃって。」


と手を合わせて謝った。


 あきは歩くのが早い。


店を出、あきは寮の方向へ向かった。この繁華街と、寮の間には川があって橋がある。まだ6時だと言うのにもう薄暗い。彼女を見失いそうだ。


 怒った理由を聞くまで、今日は帰らない。


 少し強引だが、あきの腕を掴んだ、


「ごめん、なんで怒ったのか教えてくれる?」


掴んだ手を見る。そして、腕時計を少し見て、手を振りほどいた。


「拾ったものを自分のもののように付けているのを見て、怒らずにいられるか!」


彼女はそう言い放った。俺は何も言い返せなかった。


「その時計を買った人は、今、我が物顔でお前が付けているのを見て、どう思うか分からないのか?お前に付けて欲しかったのか?」


やめろよ。それ以上言うな。


 あんたが正論だよ。誰が見ても。だからってそんな言い方ないだろ。俺は、このデートを楽しみにしてたんだぞ。


 前日から、店を調べて、値段的にも良さそうな店を考えてる。もちろん、安すぎもしない店。なのに注文もせず、出てくるとか、なんて変わった人なんだ。


 だいたい、なぜそんなに怒る。過去に同じことでもされたのか?それなら分かる。でも話してくれてもいいじゃないか。


 あんたはそうやって、いつも自分について話してくれないよな。何考えてるかまるで分らねえよ。


 優しいと思ってたけど、優しい人がそんな風に怒るか?普通。


 お前もそうやって怒るのか。お前の理想と違ければ、そうやって!


言葉を選べ、行動を選べ、みんなそう言う。なぜだ?


もう耐えられないぜ。


「悪かったよ!ほら。」


俺は腕時計を返そうと外した。


「いるか!自分で返しに行け!」


受け取ろうとしない。


 なんて図々しく、意味の分からない人なんだ。女ってそういうもんなのか?


「分かった。」


俺は背を向けて走り出す。


 彼女は何も言ってこない。俺がこんなんで気が済むと、ちゃんと返しに行くと思ってんのか?


甘いね。


「ほらよ。」


俺は腕時計を川に投げ捨てた。


 自然のものでできたものを自然に返したぞ。


 ポチャン…。


「最低だな。」


背中に声が当たる。そんなの、きかないぜ。

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