リッチにイタリアン
ミツルと夕食に行ったのはイタリアン。ハンター坂のもう一本西側の坂を上がったところにある、ちょっと隠れ家的なレストランです。ここは完全予約制なんだけど、行く気マンマンで既に取ってたの。これぐらいさせてもらってもイイぐらいの経過報告したもんね。
「課長、リッチ過ぎませんか」
「イイの、今日はこれぐらいさせてもらうの。専務の許可だって取ってるようなものだし。それと外で二人の時に課長はやめて。ホントに照れくさいんだから」
とりあえずシャンパンで乾杯です。
「思うんだけどさぁ」
「なに?」
「シノブって、本当に仕事になると鬼みたいになるね」
「えっ、それって褒めてるの、貶してるの」
「ほとんど褒めてる」
「残りは貶してるの」
「ちがうビックリしてる」
「どういうこと?」
ミツルが言うには、二人だけの特命課だから、もっと甘い雰囲気になるんじゃないかって思ってたって。そりゃ、私もそうなると思ってたけど、言われ見ればあんまりなってない気もする。
「う~ん、やっぱり昼間はミツルが外に調査に行く日がほとんどだったからじゃない」
「そのせいもあると思うけど、夜だってそうなってないもの」
ほとんど毎晩のようにミツルと夕食を一緒に食べてるんだけど、あんまりデートって感じにならないものね。私は一緒に居るだけでワクワク・ドキドキしてるんだけど、甘い雰囲気になった記憶がないし。
「それって私に魅力がないから?」
「そんなわけないじゃないか。今だって正面にシノブがいるだけでドキドキが止まらないもの」
「私もそうよ」
どこか間違っているのかな。おかしいな、おかしいな、まさかこれってミツルが私を嫌い始めてるとか。やだ、やだ、ここで捨てられたくない。ミツルがいなければ生きていけないように、もうほとんどなってるもの。
「ミツル、ごめん。何か悪いところがあるのなら、お願いだから言って、すぐに直すから、絶対直すから」
「誰もそんなこと言ってないよ。本当に感心してるんだ。一旦仕事モードに入ったら、それこそ一心不乱になってこれだけ集中できるんだって。凡人にはここまで出来ないよ」
「だから仕事の鬼?」
「ボクも相当引っ張ってもらってる。だって、外回ってきて、これだけ調べたら十分じゃないかと思ったら、シノブは二歩も三歩も先のこと見すえて突っ走ってるんだもの。だからシノブと仕事する時は、こんなレベルで満足していたら置いて行かれるって必死だったんだ」
これって褒めてもらってるのかなぁ。そうこうしているうちに料理が来て、コースを順番に楽しみます。
「噂通り、やっぱり美味しい。こんなところ経費じゃなくちゃ、そうは来れないものね」
「あれ、シノブ課長でもですか」
「だから課長は・・・そう言えば給料日過ぎてた。そういや明細もらってたんだ。とにかく経過報告まとめるのに必死だったし、ミツルが帰って来ないから心配で、心配で、見る気さえ起らなかったんだもん」
「そんなところがシノブの魅力だよ」
やっぱり褒めてもらっているのかな。課長になって一か月、無我夢中だったものね。まあ仕事も仕事だったし。さ~て、課長様っていったい、いくら貰えるんだろ、
「ぎょえええ、なにこれ、こんなにもらってイイの」
「えっ、どれくらいなの」
「ほら」
「これは・・・」
ミツルによると、うちの四十代ぐらいの課長なら五十万ぐらいだそうです。私の場合はまだ独身ですし五階級特進なので年功が少ないはずだから、もうちょっと下回るはずだってことです。ところが、ところが、なんか意味不明の手当てがドカンと付いてます。
「これって今までのシノブの功績への反映じゃない」
「たいしたことやってないよ」
「綾瀬専務から、特命課の仕事を頼まれた時に聞いたんだけど、シノブはそれこそ命削るようにこの業務に尽くしていたと言ってたよ」
「たんにチクリやってただけよ」
「専務なんて、ボクが死んでも惜しいだけで代わりはいくらでもいるけど、シノブの代わりは絶対に見つからないってさ」
へぇ、そこまで買われてたんだ。ちっとも知らなかった。
「専務に言われた時には良くわからなかったんだけど、シノブと一緒に仕事をやって良くわかったよ。こりゃ、桁が違うって。ボクはちょっと天狗になってかもしれない。本当に仕事が出来る人って見本をシノブに見せてもらった気がする。ありがとう」
「そんなぁ、買被りすぎだよ。私は不器用だから、人より時間がかかってるだけなの」
「そうじゃないのは、傍で見ていてよくわかったよ。シノブがやってた業務分析だけど、あれを一か月でやるのは人間業じゃないって綾瀬専務も言ってた。普通なら一年でも上出来だって」
「それは言い過ぎだよ、あれぐらい誰だって・・・」
「まだ気づかない? あのデータ分析が一か月で出来た意味を」
「どういうこと」
「シノブは無駄な分析作業を一切せずに、まるで最初から答えを知っているように一直線に仕事をしてるんだ。これだけの難題だから、もっと寄り道とか、迷走するのが当然なのに、シノブはなんの迷いもなく答えに行き着いてるってことだよ」
ミツルに言われて思い当たるところがあります。データ分析の仕事で重要な問題を任せられるようになり始めた頃にコトリ先輩に、
『シノブちゃん、凄いね。もうできちゃったんだ』
あの頃はコトリ先輩がもっと凄いスピードで仕事を進めているを見てましたから、単なるお世辞と思ってましたが、私も少しは仕事ができるようになってるみたいです。あかん、あかん、どうしたって仕事の話をしまうやんか。今日は甘い話に絶対するの。
「佐竹さん」
「どうしたんだ急に」
「課長命令です」
「なんでしょうか」
「仕事の話は今夜は禁止にします」
ミツルが笑ってます。そこからは他愛ない話で過ごしてレストランを出ました。
「美味しかった」
「うん」
「もうちょっと飲もうよ」
ミツルは私の手を握ってくれたのですが、その瞬間に、もう離れたくないって気持で胸が一杯になったのです。
「私を離さないで・・・お願い」
「離したりなんかするものか」
「なんか怖くなることがあるの、ある日突然、ミツルがいなくなっちゃうんじゃないかって」
「心配しないで、なにがあってもシノブはボクが守ってあげる」
私はミツルの胸の中に飛び込みました。ミツルがしっかりと抱きしめてくれます。
「ミツル、愛してる。だからお願い、キスを・・・」
「まだ早くないかい」
「ここまで待たせてゴメン。もう完全に振り払ったと思うの」
「ボクが見えてる?」
「もう、ずっとずっと前からミツルしか見えてないのよ」
ミツルの唇からは最後に食べたデザートのケーキの甘い味がします。きっと私の唇からもしてると思います。やだ涙が溢れてる。でも、これはうれし涙、やっと、やっとだもの。本当にここまで待ってくれたミツルに感謝の気持ちではちきれそうです。
「今から?」
「それだけは待ちたいの。ううん、ホントは今すぐの気持ちで一杯だし、ミツルが望むなら喜んで。ただね、今やってる仕事で行き着くところに、何かが待ってる気がするの」
「わかるよシノブ。なにかが待ってそうな気がするのはボクも同じ。それも、もうすぐみたいに感じてる。そのときには・・・」
「そう、その時には・・・」
「ところで結崎課長、命令違反ですよ。仕事の話を持ちだしました」
「ゴメンなさい」
ケーキの甘い甘い味を、時間をかけてゆっくりと楽しみました。
「これで許して頂けますか」
「もちろんです」
そこからはミツルの左腕にしがみついて離しませんでした。忘れられない夜になりそうです。ありがとうミツル。
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