京都での探索

 京都まではちょっとリッチだけど新幹線を使いました。ミツルも初めの頃はJRとか、阪急を使ってたんですが、綾瀬専務から、


「時間の無駄」


 こう言われたそうです。さすがに早くて新神戸から三十分で京都駅に到着です。さらに、そこからもリッチにタクシー移動です。タクシーだって、その日は借り切り状態なんです。ラクチンと思いましたが、ミツルの仕事の大変さが良くわかりました。


 とにかく訪ねるのが個人の家なもので、タクシー使って近くまではたどりつけても、そこからは一軒一軒見て回って探すことになります。GPSがあるので簡単そうなものですが、そんなにお手軽なものではないのは良くわかりました。家が発見できれば、お話を伺うのですが、何故か天使の存在を知ってる人も


「名前は・・・」


 どうもなんですが、先代天使はあだ名がもろ『天使』で、いつもそれで呼ばれていたものだから、他部署の人になると苗字とか名前を覚えていないのです。それでも同期だとか、職場の同僚とか、上司の人が見つかると良いのですが、これがなかなかいないのです。


 この点については実に不思議で、先代天使が現在五十代なら社長クラスなら知っていても良いはずなのですが、誰も覚えていないのです。この辺は、社長にしろ、綾瀬専務にしろ、高野常務にしろ、本社一筋の人ではなく支社からのし上がったところがあり、どうにも記憶に残っていないとされていました。


 ここについては、少しだけ綾瀬専務から聞かせてもらったのですが、先代社長が震災による激務で倒れた時に、本来の後継者であった副社長も少し前に亡くってしまっており、後継者が不在であったが故に、かなりというか猛烈に激しい社長の椅子の争奪戦が行われたそうです。


 詳細については口を濁されてる面がありましたが、当時の東京支社長であった現社長が、クーデター同様の手法で社長になり、そういう権力闘争の後始末として、当時の本社の社員は管理職どころかヒラまで総入れ替えに近い異動が行われたみたいです。


 とにかく本社の管理職クラスは、本社にいた何人かの社長候補のいずれかの派閥に属していましたから、悉く左遷の憂き目に遭い、恨みを呑んでやめて行った人も多かったようです。その結果として、ちょうど先代天使を知っていそうな頃に本社勤務であった人間がいなくなったとされていました。



 名前についてはミツルのこれまでの調査からある程度判明しています。


『アサカワ』


 苗字だけで、どんな漢字を使うのか不明です。それより、なにより、アサカワって人物が当時の社員名簿をいくら探してもおられないのです。ですから『アサカワ』って音に近い苗字ではないかとミツルは推測しています。


 それでなんですが、先代天使はコトリ先輩に驚くほど似ています。とにかく飛び切りの美人で、この世の人とは思えなかったなんて話もあります。仕事も良く出来ていたみたいで、夢のような人だったとも話されます。私がビックリしたのは、


「たとえば、どんな感じの人でしたか?」


 こう聞いたら、私の顔をマジマジ見られて、


「あなたの雰囲気にソックリ。いえね、玄関でお会いした時に天使の再来かと思ったもの」


 なんか照れくさいのですが、先代天使を知っている人たちは私のことを口をそろえて、そう言います。そうやって何軒も回ったのですが、もうちょっとのところで何か壁があり、そこを突破できない状況が良くわかりました。京都で予定していた最後の訪問宅に向かう途中でミツルから、


「次の人は田中さんって言うんだけど、旧姓は野田さん。天使がいた時代に勤めていた可能性が高いんだ。それだけでなく、天使本人であった可能性さえあると考えてる」

「でも天使の名字はアサカワさんでしょ」

「そうなんだけど、記憶違いの可能性も残ってるからね」


 お宅にお邪魔すると、御歳の割にはとっても綺麗な方でした。ひょっとしたらと思ったのですが、


「天使と較べられるだけで光栄よ。そうねぇ、較べるのなら、結崎さんって仰ったっけ、あなたクラスじゃないと、私なんて足元にも近づけないわよ。ヒョットして今の天使はあなたなの」


 なんで私がって、今日何度目かわからない疑問がおこりましたが、もうそこは軽く流して、


「お名前とかご存知ですか」

「天使の名前は、えっと、えっと・・・」


 またダメかと思ったのですが、


「とにかく誰もが天使としか呼ばなかったですからね」

「ひょっとしてアサカワさんて言いませんでしたか?」

「アサカワ? それは違うわよ。それはね・・・」


 当時の大口の取引先に浅川商店ってところがあり、天使がなにかの関係でこの会社に関わった時に、大口であるのをかさに着て相当酷い対応をされたようです。


「今でも天使はいるの?」

「はい、おられます」

「だったら同じかもしれないけど、浅川商店は大変な事になっちゃったの」

「わかります」

「天使の恵みを袖にした間抜けな浅川商店ってバカにされてたんだけど、これじゃ長いじゃない。いつしか短くなって『天使の浅川』って、うちの会社だけじゃなくて業界で陰口叩かれてた時期があったのよ」


 これでアサカワの謎が解けましたが、天使の名前については振り出しに戻ってしまった事になります。それにしても、これだけ先代天使のことを知っている人物は初めてかもしれません。


「でも、よくご存じですね。仲が良かったのですか」

「まあね、可愛がってもらってたし。天使の名前なんだけど、当時の社員名簿を探せば見つかるわよ」

「でもお名前を誰も覚えていらっしゃらないのです」

「私も覚えていないけど、とにかく長くて物々しい苗字だったの。そんな苗字だったから誰も呼ばなくなって天使と呼んでたぐらいかな」


 ミツルの顔がハッとしてます。思い当たる苗字があったようです。


「そうそう、殆どの人が天使としか呼ばなかったけど、他の呼び方をしていた人もいたわよ」

「どんな呼び方ですか」

「ユッキーって呼んでた人が少ないけどいた気がする」


 一日京都で頑張った甲斐がありました。ついに先代天使の名前が判明したも同然です。ただミツルはずっと難しそうな顔をしてました。何度か天使の名前を聞こうとしたのですが、神戸に帰ってから話すと言って、新幹線では寝込んじゃしました。神戸に着いてからも何を聞いても生返事、一緒に晩御飯を食べていた時にたまりかねて、


「教えてよ、わかったんでしょ」

「あ、うん」

「もう、これは課長命令よ」

「あ、はい」


 さんざん考え込んでから


「京都の野田さんの話に該当する人物は一人しかいない」

「だろうね、そんな珍しそうな苗字の人がたくさんいるとは思えないし」

「これは明日、改めて確認したいんだが、ボクの記憶が間違っていなかったら既に亡くなられている」

「えっ、そうなの?」

「大聖歓喜天院由紀子さんは、既に亡くなられているはずなんだ」


 この件についての話は明日にしてくれとミツルが頼むから、明日はミツルも外回りしないで特命課でこの人の調査をすることになりました。やったぁ、明日もミツルと昼間も一緒に居れる。うれしい、うれしい。

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