社長室にて

「・・・綾瀬君、本当にそう思うのかね」

「その可能性は十分にあると考えています」

「ああなったからか」

「はい、小島君と同じことが起こったと判断して良いかと思います」


 社長は椅子から立ち上がり、


「でもその調査を結崎君にやらせるのはどうなんだ」

「リスクはありますが、彼女でないとわからないとも考えています」

「それはそうだが・・・」


 社長は窓から外を見ながら、


「君も知っての通り、私が社長になったのは、前社長が脳出血で急に倒れられたためだ」

「それは私も良く存じております」

「あの時には、さらに当時の副社長が先にあの震災で・・・」

「先代の社長も副社長も、震災とその対応に命をすり減らしたようなものでした」

「そのために、私が飛び級みたいな形で若くして社長になることになった」

「ここまで我が社が発展したのは社長の尽力の賜物かと存じます」


 綾瀬専務の方に振り返った社長は、


「我が社には先代の社長まで、次期社長は社長心得として過ごす期間があったのを知っているか」

「聞いたことはあります。あれは、権力継承を円滑に進ませるものだとなっていましたが」

「それもあるが、他にも目的があったのだ。これを見給え」


 かなり黄ばんだ紙に走り書きのようなものが書かれています。


「これは、社長心得として学ぶべきものの断片らしい。この社長心得については原則としてメモとか書類は一切残さないのが慣例らしく、社内にも資料らしきものは殆ど残されていないのだよ。このメモは急死した当時の副社長の引き出しから出て来たものだと言われている」

「こ、これは・・・」

「綾瀬君の推測を裏付ける証拠になりそうな気がする。とにかく私がこの会社を引き継いだ時には、遺憾ながら社長心得として伝えられる事柄が失われてしまったのだ。もちろん時代は変わるのだから、その伝承のすべてが必要だとは思わないが、そこに書かれていることは、現在の我が社の危機に関して重要なことなのは間違いない」

「だから社長はあの時に・・・」

「そうだ。私とて半信半疑だったが、このメモを思い出して、藁をもすがる思いで頼ったのだよ」


 綾瀬専務は何度もメモの内容を確認しながら、


「やはり継承されると見て良さそうな気がします」

「私もそう思う。ただ、どうやって継承し、どうやって守っていくのかのノウハウが失われてしまっている。それを伝承していたのが社長心得のもっとも重要な役割の一つだったようだ」

「佐竹君も優秀ですし、結崎君の分析能力については社長もよくご存知かと思います」

「それは知っておるが、君の推測が正しければ・・・」

「はい、継承の実態は不明ですが、継承期には次期候補が出てくると考えるのが妥当です。これまでそんな候補は出現する気配もありませんでした。この出なかった事の意味もわからないところもあるのですが、我々は次期継承者を見ている気がします」

「私にもそうとしか考えられん。それにしても、出る時にはああやって出てくるのだろうか」

「それについては、二人の調査に期待するしかありません。ただ・・・」

「そうだな、とにかく資料が乏しいから、あまり期待を寄せ過ぎてもいかんのも承知している」


 綾瀬常務の見るメモには、


『微笑み絶やすべからず、

 微笑み遮るべからず、

 微笑み守るべし、

 微笑み受け継ぐべし、

 微笑みは我が社の恵なり』


 この謎めいた言葉の上に『天使』と赤字で書かれていました。

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