山本先生との再会

 鬼瓦部長から山本先生と会うのは『まだか、まだか』の目でにらまれ、社内ですれ違う重役たちからも『まだか、まだか』と目で訴えられてるようで弱っています。でもさぁ、山本先生だってお医者さんでお忙しいだろうし、加納さんだってあれだけ売れっ子のフォトグラファーなんですから、そんなに時間って作れないじゃないですか。もうウンザリと思っていたら、コトリ先輩から


「シノブちゃん、来週の土曜日空いてる?」


 こう聞かれたのです。サキちゃんも誘われたのですが、サキちゃんは用事があってお断りしてましたが、私は空いてると返事をしたら、


「カズ君がね、連れておいでって」


 やったぁ、これで業務命令を果たせると小躍りしました。もっとも、その後の尋問会がセットなのは鬱ですけど。


 コトリ先輩と連れだって行ったのは回らない鮨です。店に入った瞬間に気後れしそうな高級店で、こんな店には私のようなヒラ社員では到底縁がないところです。ところがコトリ先輩は平気な顔をされてて、


「シノブちゃん、ここのお鮨はお勧めよ」

「先輩は来られた事があるのですか?」

「何度かね」


 なにが凄いって、店にメニューも値段表もないのです。山本先生は少しだけ遅れて入ってこられて、


「コトリちゃん、ゴメン。待った?」

「ううん、来たとこ」

「えっと、シノブちゃんだったっけ。来てくれてありがとう。ゆっくり楽しんでってね」


 そこに、ちょっと強面の大将が私に向かって、


「なにか苦手なものはありますか」


 そしたら山本先生が、


「その質問、意味ないやん」


 コトリ先輩も、


「そうよ、嫌いって言ったら、必ず知らん顔して出すやんか」


 さらに山本先生が


「大将、質問を変えた方がエエで、食べたらアレルギーで死ぬものはありますかって」


 そうやって三人で笑っていました。私はひたすら目をシロクロさせていましたが、


「とくにありません」


 こう答えるのがやっとでした。そこから飲み物を聞かれて、どうなるかと思っていたら、勝手に次々と料理が出てきます。私は小声でコトリ先輩に、


「料理の注文は予約した時にされてるのですか?」

「予約というか、この手のお店の基本はお任せなのよ」

「いくらぐらいなんですか」

「詳しくは知らない。前にカズ君に聞いたら『聞いたらメシが不味くなる』って言われたよ」


 でも美味しい、すごく美味しい。こんな美味しい料理を頂いたのは初めてかもしれません。飲み物も最初はビールだったのですが、次からは日本酒です。正直なところ、日本酒はちょっと苦手と思っていたのですが、これが飲みやすくて料理にピッタリ合うのです。


「そういえば、カズ君が最初に私を連れていってくれたのもこの店だったよね」

「そうだったよな。あの時にコトリちゃんは『日本酒は苦手』と言いながら、どんだけ獺祭お代わりしたことやら」

「そうだったっけ」

「女将さんも覚えてしもて、コトリちゃんが来たらそれしか出さへんやんか」


 私も話には聞いたことがあります。現在もっとも人気の高い日本酒の一つで、ほんじょそこらの酒屋さんではまず手に入らないって。


「これが獺祭ですか」

「そうだよ、それも二割八分の純米大吟醸。美味しい?」

「とっても」


 やっと酔いも回って来て、お店の雰囲気にも少し慣れて来たので業務命令をやらなくてはなりません。どこから切り出そうと思っていたら、


「カズ君さぁ、シノブちゃんを誘ったのは口説くつもり」

「なわけないやんか、どんだけ歳の差があると思てるねん」

「でも、わざわざこの店を選んだのは?」

「タマタマだよ」

「いいや、カズ君のタマタマは、ホントはタマタマやないのは、よ~く、知ってるもん」


 そうやって二人で笑っておられましたが、なんで私は誘われたのかな。まさか本当に口説くつもりとか。でも本気で口説くつもりなら、コトリ先輩は一緒でないはずです。でも気になったので、


「どうして私を誘われたのですか?」

「歴女の会だろ」

「あ、はい」

「ボクも歴史が趣味だからね」


 そこから歴研との討論会の話題になってしまいました。山本先生は、


「そりゃ、コトリちゃん、もうちょっとやりたかったねぇ」

「そうなのよ、でもあれじゃ、あれ以上は無理だったわ」

「その先が面白いのに」


 そこから、お二人がムックされてた桶狭間の要点を教えてもらいましたが、たしかにこのレベルなら歴研でも勝てないと思いました。私はミーハー系ですが、本格的にやるのも、こんなに楽しいものなのかってところです。


「お二人が歴史ムックされるときは、いつもこんな感じなのですか」

「そうよ、カズ君は良く調べてるのよ」

「いいや、コトリちゃんの発想の切れ味には及ばないよ」

「そんなことないよ。カズ君がみっちり調べ上げてくれるから出来るのよ」


 いいなぁ、こんな感じでお二人は歴史をいつも楽しまれてるんだ。私だってこんな彼氏が出来たら、ミーハー系から本格派にモデルチェンジしてしまいそうだもの。


 私は山本先生が加納さんと一緒の時と、コトリ先輩と一緒の時を較べていました。どちらも楽しそうなのですが、少し違いがあるように感じます。加納さんの時は大人の恋人同士、先輩の時は若々しいカップルぐらいに感じます。


 どちらも本当にお似合いですし、どちらと結ばれても幸せになりそうです。でも山本先生がお相手できるのは一人だけで、どちらかは選ばれないことになります。それにしても、これだけ素敵な女性を天秤にかけて選べるなんて、なんて贅沢なことなんだろうと思います。


 それにしても不思議な関係です。これって二股ではないですか。こういう関係は普通は成立しないはずなんです。女であれ、男であれ、恋する相手には自分だけを見て欲しいはずで、相手がもう一人見ていると知ったら、その関係の清算を迫るか、去っていくかになりそうなものです。私ならそうしてしまいそうです。


 そうそう、例の業務命令を果たさないといけないのですが、私が水を向けかけると、山本先生はいつも上手に話題を逸らしてしまいます。お話自体は本当に面白くて、興味深くて、時間を経つのを忘れさせるものなのですが、肝心な話には近づけない感じです。帰り道は先輩と一緒でしたが、


「シノブちゃん、どうしたの」

「ちょっと、考えごとを・・・」

「へえ、それは、聞きたい、聞きたい」


 問い詰められて、さっき考えてた三角関係の話を白状させられてしまいました。


「それねぇ、よくわからないのよ。ユッキーの予言に関連するんだけど、ユッキーはカズ君の次のお相手候補をシオリちゃんとコトリにしたのはわかるの。でもね、シノブちゃんの言う通り、どちらか一人でイイはずなのよ。コトリだって、シオリちゃんだってカズ君を幸せに出来るのは間違いないんだから」

「でも二人?」

「そうなのよ。それもね、もともとシオリちゃんだけだったのに、コトリが後から加わった感じ」

「それって、どういう事なんですか」

「なんでだろうねぇ」


 もう一つ気になったのは、私がいたせいかもしれませんが、お二人の会話が甘い話に流れていかないのです。私も聞こうとしましたが、どうしても近づけない感触がありました。


「あれね、二人の時もそうされてしまうのよ。肝心な話はどうしても出来ないって感じかな。でもね、もうすぐ話せる日が来そうな予感だけはあるの。コトリとシオリちゃんの間の焦点は、どちらが先に話せる日に当たるかなの」

「先に話せる方が絶対に有利じゃないですか」

「そうなのよ。その話せる日はコトリが先に来る気がしてる。その時が勝負になるわ」


 これは重大情報です。コトリ先輩の『話せる日』が来た時にどうなるかは社長も興味をもつと思います。

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