第19話 次の準備をする冒険者
ウチの学校は私立やから土曜日も午前中だけ学校がある。
今はその午前中の授業を終えての帰宅途中や。
明日は日曜日やから、久しぶりにダンジョンへ潜る日になっとる。
別に平日にダンジョンへ行ってもええんやけど、この1週間は年度初めということで色々と疲れたからパスした。
何よりも冒険者として動画について聞かれること半分、体操服を持って来た魔王ついて追及されること半分で引っ張りだこやったことが疲労の一番の原因やった。
他のクラスの知らん子にまで、魔王の連絡先を教えてくれって声を掛けられたし。
「早よ帰って昼ご飯食べたい」
家までもうちょっとの信号待ちでぽつりと呟く。
ちなみにウチのタマネギ動画は20万回再生近くまで到達しとった。
鉄の装備を整えた以外は何もしてへんから、かなりポイントが余っとる。
「ふう、これでもトップ冒険者にはまだまだやねんなぁ」
そんなことを考えているうちに信号が変わる。
ともかく、帰ってご飯食べて、魔王の話を聞いてみなあかんな。
まずは目の前の1つ1つの動画や。
「ただいま」
「うむ。戻ったか」
「志保、おかえり」
やっと家に帰ると、お母さんよりも先に魔王が挨拶をしてきよる。
完全に掛田家の日常の一部になってしもうてる。
最近はパソコンの使い方を教えたから、ウチが学校に行っとる間はリビングの共用パソコンで動画を見て研究しとるらしい。
その傍らで、きっちりと家事手伝いもしとるみたいやけど。
なんかウチよりも女子力がありそうで若干の敗北感を覚えなくもない。
「今日もスライムの動画を見てたんか?」
「ああ、そうだ」
「どれどれ……」
「こら、志保。まずは手洗いうがいでしょう」
どんな動画を見てるんか確認しようとしたところでお母さんに怒られる。
確かに風邪をひいたら困るし、ここは大人しく従うのが良いやろな。
「はーい」
「では、吾輩は先に部屋に行っている」
「あれ、真中さんはもう食べたんか?」
「ああ、先に頂いた。昼食が終わったらいよいよスライム討伐会議だ」
「うん。わかったで」
魔王がウチの部屋へ向かうのを違和感なく見送る。
おかしいなぁ。
最近では当たり前になってしもうて、以前のように拒絶することもない。
まあ、拒否したところで意味ないやろうけど。
「まだウチの部屋には誰も男の子を上げたことないんやけどなぁ」
洗面所で手洗いうがいをしながら独り言を言う。
あれは魔王やからノーカンでええんやでな?
そうや、ノーカンやノーカン。
自分に言い聞かせて心の平穏を保ってから、昼食を食べる。
今日はオムライスやった。
何でも魔王が家事を手伝ってくれるから料理に割ける時間が増えたとかで、最近のご飯はちょっと豪華やったり手が込んでいたりする。
「お待たせ」
ご飯を食べ終えて、ちょっとだけ休憩してから部屋に入る。
さすがに魔王は仁王立ちをしておらず、椅子に座っとる。
「うむ。問題ない」
ここはウチの部屋やぞ。
今更ええけど。
「ほんで、さっきも聞いたけど次はスライム倒すんやろ?」
「ああ、そうだ。ところで、スライムのステータスは分からないのか?」
「知っての通りウチはゴブリンとしか戦ったことないからな。スライムのステータスはわからへん」
この前の動画撮影でも、モンスターのステータスが映り込まんように注意しとったみたいに、モンスターのステータスは公表が禁止されとる。
モンスターのステータスを公表してしまうと、後発の冒険者の面白さが無くなるためらしい。
ただ、冒険者のステータスは公表できるから、そこからある程度の推察をすることはできるけどな。
例えば、スライムやったら防御力は100前後と一般的には言われとる。
「ならばお前にはスライムとの遭遇をしてもらうとするか」
「えっ、ホンマにそれやらんとあかんか? 推察できる範囲で勝てそうな装備で行ってもいいんじゃ……」
「そんな普通の動画に面白さがあるか?」
「そうやけど……」
前回のゴブリン動画の反響から、普通では勝てない装備とステータスで工夫して勝つ動画を投稿するという基本方針を魔王と決めとった。
だから、装備を敢えて鉄から更新せずにポイントも貯めてるし、スライムの正確なステータスも必要となる。
ただスライムはなぁ……。
ゴブリンに負けるのとはワケが違うねんなぁ……。
「お前が嫌がるのも分からなくはない」
「なんや、スライムが冒険者から嫌われてるの知ってるんか?」
「スライムは視聴者が最も求めており、冒険者が最も嫌っているモンスターと言われているそうだな」
魔王の言う通りやった。
スライムの攻撃は、その柔らかい体を駆使して絡みつくだけという一見すると大したことないものや。
ただ、絡みつかれると防御力を無視して継続ダメージを与えてくるという、結構厄介な攻撃ではあった。
そして、スライムのいやらしさはそれだけやない。
「スライムに絡まれたら服が溶けるんやで! そんなん嫌や!」
そう、スライムが視聴者に喜ばれる理由はまさにこれや。
奴らは服を溶かすという恐ろしい副産物を持ち合わせている。
あられの無い姿になるギリギリでカットする、お色気枠と呼ばれる動画が多数投稿されているモンスターなんや。
「ちなみにだが、お前はお色気動画を投稿する気は……」
「絶対にない! それだけはホンマにありえへん!」
あんな恥ずかしい動画を投稿できるか!
学校の男子も見とるのに絶対に上げるわけない。
「なら明日の動画撮影は無しでいいだろう。スライム探しだけをするとしよう」
「うぅ……しゃあない。わかったで」
こうして渋々ではあるが、明日のやることが決定する。
―――――――
翌朝、早速ダンジョンへと魔王とやって来る。
今回は前回のように女性と食事に行かないようにと釘を差している。
何よりも魔王には救護室の近くにおって貰わな困る。
「絶対に救護室の近くにおってや?」
「わかっている」
そう言って魔王は手にしたバッグを掲げて見せる。
あの中にはウチの着替えが入っとる。
何故か知らんが死んでも復活できるダンジョンなのに、服が溶かされると元に戻らへんという酷い仕様やった。
せやから今日は溶けてもいい服を着て来とる。
「ほな、行ってくるわ」
「ああ、行ってくるがいい」
魔王に別れの挨拶をしてからダンジョンの入口へと移動する。
日曜日とあって、入口にはちょっとした列が出来ている。
「すみません。もしかして掛田志保さんですか?」
「そうですけど……」
列に並んでいると、前に居た女性冒険者が声を掛けてくれる。
「すごい! 本物だ! 動画見ました!」
「あ、ありがとうございます」
こう言われると恥ずかしいなぁ……。
「あの動画を見てから……ほら! 私もタマネギを持ち込むようになったんです!」
女性冒険者が嬉しそうにタマネギを取り出して見せてくれる。
ちなみにウチもタマネギは装備しとる。
まだまだゴブリン相手でも余裕というステータスではないからな。
「そうなんですか」
「ところで、今日はまた新しい動画の撮影ですか?」
「いや、今日は偵察に」
「なるほど。確かにあれだけの動画を撮るには入念な調査が必要ですよね!」
「あははは……」
ちょうどここで話しかけてきた女性冒険者に手続きの番が回って来る。
「では、私は行きますね。次の動画も楽しみにしてますから、頑張ってください」
「はい。お互い頑張りましょう」
握手をしてから別れる。
ま、まさか握手を求められるようになるとは。
自分の人気が怖いで……。
「次の人!」
「はい」
「あ、掛田さんですね」
「あのときの!」
ウチを呼んだのは、あの日タマネギの持ち込みを許可してくれた職員のお兄さんやった。
「いやー、まさかタマネギがあんなことになるなんて思いませんでしたよ」
「あのときは無理を言ってすみませんでした」
「いえいえ。あれからタマネギを持ち込む人が続出ですよ」
「仕事を増やしてしまいましたか?」
「気にしないでください。それよりも、今日は何を持ち込むんですか?」
めっちゃ期待してる目をしとる。
悪いけど今日はタマネギだけやねん。
というか、次は何を持ち込むのかウチもまだ聞かされてへん。
「今日は偵察に来たのでタマネギだけです」
「あ、これは失礼しました。では手続きをしますので冒険者カードをお願いします」
「どうぞ」
「今回は潜る場所の希望はありますか?」
「いえ、特にないです」
「では、西口からお願いします」
手続きを終えて、冒険者カードを返して貰いダンジョンの西口に向かう。
よし、気合入れて行くで!
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