第8話 ダンジョンに初めて潜った冒険者

 うぅ……。

 暗くてジメジメしとる……。


「こ、怖いですけど頑張ります!」


 ホンマに怖いわ……。

 ってか、剣とか扱ったことないで。

 ホンマにこんなんで切れるんやろうか。

 と、ともかく進まなあかんな。


「ここは関西ダンジョンの第1層の東側です。今はこの辺に他の冒険者の方は居ないようです。動画を撮りやすいようにとダンジョン職員さんが紹介してくれました」


 くっそ、あのダンジョン職員め。

 ウチとしては周りに誰かいた方が怖くなくてええのに。

 まあ、流されてしもうたウチが悪いんやけど。

 それでも、初めてで緊張してるのに職員に注文なんてできへんわ。


「ええと、ダンジョンは東西南北の入口に分かれていて、第20層で合流するまでは完全に独立しているんですよ。それと、一度足を踏み入れたことがある階層へは入口の装置から転送してもらえるんですよ。みなさん、知って居ましたか? 便利ですね!」


 アホか!

 こんなもんイマドキは小学生でも知っとるわ!

 何を自慢げに解説しとるんや……。


「そろそろゴブリン辺りが出てくるんでしょうか」


 よっしゃ、もうこうなったら気合入れて行くで!

 ゴブリンだろうが何だろうが出てこい!

 そんなことを思っていると、前方の曲がり角の先からガサゴソと音が聞こえてくる。


「ひぃ!」


 び、び、び、ビビッてへんからな!

 ちょ、ちょっとしゃっくりが出ただけや!

 ……編集でカットしとこ。


「え、えっと……何か音がしましたね。あそこの曲がり角を曲がってみたいと思います」

 

 足が全然進まへん。

 こ、ここは慎重に慎重に……。

 敵に気付かれんように……。


「せいっや!」


 あああああああ!!!

 何をやってるんやウチは!!!

 なんで大声出しながら曲がり角を曲がってるんや!!!


「ゴ、ゴブリンがこっちを見てますね……」


 直ぐに気付かれたやん!

 ゴブリンめっちゃ見てるやん!

 こ、こうなったら柔軟な対応や。

 常盤さんも『どれだけ不測の事態に対応できるかが冒険者の力量』って動画で言っとったしな。


「よし! 倒しちゃいますよ!」


 いざゆかん!

 …………え、待って。

 なんか後ろからぞろぞろとゴブリンの援軍が来てるんですけど。

 ウチの声に反応したの? ねえ?

 ほんま待って。

 マジで待って。


「ゴブリンが突っ込んできました!」


 冷静に実況してる場合やない!

 剣を構えて斬らな!

 先頭の奴に向かってなんべんも、なんべんも、剣を振り下ろす


「この! この! あ、あれ? 全然斬れないですね……」


 近づいてきたゴブリンに攻撃したけど全然皮膚を切り裂かれへん。

 しかもなんかゴブリンはニタニタわろうてるし……。


「ギャァァオォォォ!!!」


 叫び声を上げたゴブリンたちが両手を振り上げて近づいて来とるやん!


「い、いやぁぁ!!! 来んなや緑野郎! ほんましばくぞ! やめ! いてこますぞ! いや! 犯される! ひぃぃぃぃ!!!!」


 ―――――――


 ゴブリンに囲まれて暗転したところで動画の再生が終了する。

 部屋にはしばらく沈黙が流れる。

 なんべん見ても恥ずかしいわ……。


「最後の部分だが最初の叫び声の後は、ほとんどがピー音で消されていて何を言っているのか分からないんだが」

「言葉が汚すぎて消したんや。あんなん配信できるか。女子高校生の名誉のためや」


 顔と名前が公表されてるのに、汚い言葉を口にしているところなんて全世界に見せられへん。

 ホンマ、残してるのが編集後の動画で良かったわ。

 いくら魔王相手でも原動画は絶対見せへんからな。


「そうか。なら、まあよい。それで、なぜあんなにも身の丈に合わなそうなことをしたんだ? あのタイミングであれば倒せたかどうかは別として、奇襲ができたであろう」


 魔王がもっともな質問をぶつけてくる。


「それは……見栄を張ったといいますか、有名冒険者の動画を見て真似まねしたといいますか……」

「なるほどな。ああ、そう怯えずともよい。別に説教をしようというつもりはない」


 そういって魔王はあごに手を当てて何やら真剣に悩み始める。

 ほんまに説教をするつもりはないみたいや。


「ようウチの気持ちわかるなぁ」

「標準語に戻っていたからな。その場合には気持ちが緊張している傾向だと理解した」

「うぐぅ……」


 なんやこの手玉に取られてる感は。

 やっぱり魔王というだけあるわ。


「しかし、この動画はこの動画で面白いとは思うが。再び公開するつもりはないのだろう?」

「そもそもできへんねん」

「どういうことだ?」

「1回上げて削除した動画は再掲できへん。それが出来てまうと同じ動画で何回も再生数を稼げたりするからな。それを防ぐためにもダンジョン内は専用ドローンでしか撮影できへんねん。詳しくはわからんけど、撮影した元データの情報で再掲かどうかわかるんやて。まあ、パソコンとかめっちゃ詳しい人ならその辺いじれるんかもしれんけど。けど、やらかしてバレたら後が怖いからやらんと思う」


 動画が面白いって言うてもらえたのは嬉しいけど、こんなもん仮に再掲できても絶対に上げへんわ。

 黒歴史や黒歴史。


「それだとドローンとやらを使用しない、ダンジョン外の動画は規制が緩そうだな。例えば先にお前の言った筋トレ動画であるとか」

「せやね。ただ、そっちも事務局が監視してるし、視聴者の通報機能もあるからそんなに問題にはなってへんで。違反したら人気も落ちるからな」

「なるほど。良くできている」


 炎上で変な人気を取る冒険者もおるけど、ウチは絶対にやらんぞ。

 あんなもんメンタルが豆腐のウチには耐えられへん。


「ところで、ゴブリンにお前の攻撃が全く通用していなかったがどういうことだ? 剣の切れ味でも悪かったのか? それともゴブリンの皮膚が非常に硬質なのか?」

「ああ、それはな……ちょっと待ってな」


 スマホを取り出して、冒険者だけがダウンロードできるアプリ『モンスターDBデータベース』を起動させる。

 これは自分が戦ったことのあるモンスターのステータスを記録してくれる優れモノや!

 ……誰に宣伝しとるんやウチは。


「これ見てや」


 ゴブリンのステータスを表示して魔王に見せたる。


 …………………

【ステータス】

 名称:ゴブリン

 体力:30

 攻撃力:25

 防御力:20

 獲得経験値:50

 …………………


「これは?」

「ゴブリンのステータスや。重要なのは防御力やねん。ゴブリンの防御力は20あるやろ?」

「そうだな」

「ほんでもっかいウチのステータスみせるで」


 今度は画面をウチのステータスに切り替えて見せる。


 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:1/100

 必要経験値:100(現在0)

 体力:15 ≪基礎5・レベル補正10≫ 

 攻撃力:18 ≪基礎3・レベル補正5・装備補正10≫

 防御力:13 ≪基礎5・レベル補正3・装備補正5≫

 魔防力:4 ≪基礎3・レベル補正1≫


【装備】

 青銅の剣:攻撃力10

 青銅の鎧:防御力5

 …………………


「見たらわかるけど、対してウチの攻撃力は18しかあらへん。ダンジョンでは防御力を上回った攻撃力分だけ体力にダメージが入るねん」


 ビックリするくらい単純な計算式やけど、それだけにアカンもんはアカンと一発で分からせてくる。

 攻略法は努力しかないと教え込まれてまう。


「なるほどな。お前の攻撃力がゴブリンの防御力20を上回っていないから、ゴブリンにはダメージが通らなかったわけか。対してゴブリンの攻撃力はお前の防御力13を超えているからダメージを食らったと」

「その通りや……」


 それにしても、なんべん見てもゴブリンのステータスは初心者向けやないやろ。

 ありえへんわ。


「とにかく、お前の現状は把握した。何はともあれ昼飯にしよう」

「えっ?」

「下で母親が料理を作っているようだぞ。音が聞こえる」


 そう言われて壁掛け時計を見ると十二時を過ぎていた。

 知らない間に話し込んでいたようだ。

 ていうか、耳良すぎるやろ……。

 

「志保―! 真中さん! お昼ご飯ですよ!」


 お母さんの呼び声に反応して魔王が部屋を出る。

 ウチの家なのに魔王に先導されて階段を降りることを既に受け入れてしまっている。

 これからどうなるんやろか。

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