第6話 冒険者に詳しくなる魔王

 うむ。何とも美味な食事であった。

 もし魔王城に戻ることがあれば、専属シェフとならないか打診をしてみようか。

 ……いや、伴侶が居るであろうから引き裂くのは可哀想か。

 夫婦で移住してくれると言えば、是非とも検討するとしよう。


「は、入るで……」


 そんなことを徒然つれづれと考えていると部屋の外から志保の声がする。

 どうやら吾輩が魔王であることを確信して遠慮しているようだ。

 殊勝な心掛けである。


「入るも何もここはお前の部屋だろう。遠慮せずに入って来るがいい」


 だが、吾輩とてこの部屋の主が誰であるかはわきまえている。

 入室の許可など不要で好きに入って来て問題ない。

 これが魔王城の謁見の間であれば恐ろしいことになるが。


「し、失礼します……」

 

 恐る恐るという感じで部屋のドアを開けて志保が入って来る。

 少し前に階下で開かない玄関を何度もガチャガチャしている音が聞こえていたが、やっと諦めがついたのだろう。

 入室した志保は落ち着かない様子で吾輩の前に立つ。


「どうした?」

「いや、部屋に入ったら仁王立ちしてるから……ウチも立っといた方がええんかなと……」

「部屋の主に許可も取らずに座ったりはしない」

「それ以前に主の許可もなく部屋に入ってるやないか……」

「何か言ったか?」

「なんも言うてへん。ともかく、そこの椅子にでも座って」


 勧められた通りに勉強机とセットになっている椅子へと座る。

 志保はベッドへと腰掛ける。


「それで自称魔王が何の用事なん?」

「随分と素直に話を聞くようになったな」

「もうどうにでもしてって感じやからな……」

「ふむ。ならばお言葉に甘えてそうしよう」


 洗脳の魔法を使うまでもなく従ってくれるならありがたい。

 

「まず聞きたいのだが、この世界の冒険者について詳しく教えてくれ」

「え、はい? 冒険者事務局の人なんちゃうん?」

「あれは嘘だ。吾輩の本当の職業は魔王だ」

「あ、いや……うん……まあ、事務局の人っていうんは嘘やろうなとは思ってたけど……。ってか、魔王って職業なんか」


 何故か分からないが志保にため息をつかれてしまう。

 随分と失礼な態度であるが寛大な吾輩は見逃してやる。

 まだ17年しか生きていない娘の言動くらいで沸騰するようでは魔王失格である。


「まずなのだが、冒険者にはどうやったらなれる? 資格が必要なのか?」

「そこから!?」


 志保は頭を抱えてしまう。

 だが、これでも吾輩からすれば真面目な質問なのだ。

 誰でも冒険者になれる世界もあれば、推薦状が必要な世界、適性試験に合格することが必要な世界など様々にある。

 冒険者という職業の社会的地位を知るためには重要な情報なのである。


「はぁ。あんな、検査を受けて魔防力が有と判断されたら冒険者になれるねん。検査はいつでも受けられるけど、大体は生まれたときに親が希望して、液型検査のついでにやるで」

「魔防力?」


 聞き慣れない単語であった。

 確かに吾輩の知っている世界でも魔法に対して耐性のある人間は居たが、そのことを言っているのであろうか。


「ええと、ステータスの1つで、生まれたときにこれがないと死ぬまで伸びへんねん。ほんで、魔防力が0やとダンジョンの瘴気にやられてしまうんや」

「この世界のダンジョンとはどんなものなのだ?」


 こうなれば聞き慣れた単語を利用して、疑問を1つ1つ潰して行くしかない。


「ウチもその辺は詳しくないんやけど、ダンジョンコアとかいうのを使って作ってるゲームのことや」

「ゲーム?」

「うん。だから、ダンジョンの中で倒されても死なへんし、救護室に戻されるだけやねん。装備もデータで持ってれば潜ったときに自動装備されるし」

「うむ……やっと話が読めて来たな……」


 吾輩が知る限りであっても、ダンジョンは色々と種類がある。

 その中でも大きく分けて、有限型と無限型にダンジョンは区別することができる。

 有限型は、自然にできた洞窟や打ち捨てられた人工物にモンスターが住みつくことで形成されるもので、住み着いたモンスターを退治してしまえば制圧可能である。

 対して無限型は、ダンジョンコアと呼ばれる物体がモンスターを生み出し続けることで形成されるものである。

 無限型と言っても、ダンジョンコアを破壊ないし地表に取り出せばモンスターの湧きは止まり、有限型と同様に制圧が可能であるが。


 このダンジョンコアはモンスターを製造するとあって、それ自体が一種のモンスターのようなものであり、魔力を放っている。

 その魔力に耐性がなく、当てられてしまうと最悪の場合は死に至ることがある。

 冒険者には無資格でなれるが、無限型のダンジョンに潜るためには資格を設けている世界も存在する。

 まあ、あの程度の魔力は我々魔族にとっては痛くも痒くもないが。


 ともあれ、どうやらこの世界はダンジョンコアの発する魔力のことを瘴気と呼び、その瘴気に耐えられるだけの魔法耐性のことを『魔防力がある』と呼んでいるようである。

 そして、この世界では無限型ダンジョンに潜る以外に冒険者の仕事が存在していないため、『魔防力がある=冒険者になれる』となっているのでろう。


「しかし、なぜこの世界にダンジョンコアが存在しているのだ?」


 あれはそこそこ希少な物体であったはずだ。

 ダンジョンコアが存在していない世界も多いというのに、この平和な世界に存在しているのはあまりにも不思議であった。


「それはウチにもわからへん。というか誰も知らんのちゃうかな。別に知らんでもダンジョンには潜れるし」

「確かにそれは言えているな」


 志保の言う通りこの辺は割り切って楽しんだ方が良いだろう。

 しかし、ダンジョンコアを利用して娯楽を作り上げるとはこの世界の科学技術には恐れ入った。

 これは本当に楽しみとして期待できそうだ。


「冒険者についてもう少し詳しく知りたい」


 ダンジョンについては粗方わかったので今度は冒険者その者について深く聞いてみることにする。


「何を教えたらええん?」

「検査に通れば誰でも冒険者になれるのか?」

「正確には満16歳からやけど……ただ、冒険者にならん人もおる。他にやりたいことがあったり、冒険者に魅力を感じなかったり色々な理由で」


 なるほど。

 まあそれも当然だろう。

 職業が自由に選べるというのはそうある話ではない。

 ならば、魔防力があっても他の職業に就くのは非難されるべきことではないだろう。

 好きなだけ権利を謳歌すればよい。


「ウチもせっかく検査に通ったんやからって1年前に冒険者になったんやけど、もうやめようかなぁって思ってるねん」


 志保が衝撃の言葉を発する。

 そんなことをされてはたまったものではない。


「どうしてだ?」 

「ダンジョンに潜っても勝たれへんし、そのせいで全然稼げへん。何よりも学校の友達にも恥ずかしくて大きな声で冒険者やってるって言われへんねん」


 ふむ。

 確かに村娘と評した見た目からして戦いに適した体格をしているとは思えないし、剣の腕があるようにも見えない。

 だが、冒険者一覧や街頭ビジョンで見た冒険者たちも、吾輩が今まで戦ってきた冒険者、勇者、戦士といった人種に比べたら遥かにひ弱な体格であった。

 なによりも、この世界で剣や弓などを所持して街を歩いている者を見たことがない。


「吾輩にはお前と他の冒険者との間にそれほど差があるように見えないのだが」

「アリアリや! 見てみいこのステータスアプリの表示を!」


 志保はスマホの画面を見せてくる。

 そこにはステータス画面というものが表示されていた。


 …………………

【ステータス】

 氏名:掛田 志保

 レベル:1/100

 必要経験値:100(現在0)

 体力:15 ≪基礎5・レベル補正10≫ 

 攻撃力:18 ≪基礎3・レベル補正5・装備補正10≫

 防御力:13 ≪基礎5・レベル補正3・装備補正5≫

 魔防力:4 ≪基礎3・レベル補正1≫


【装備】

 青銅の剣:攻撃力10

 青銅の鎧:防御力5

 …………………


「これは低いということでいいのか?」

「うん……めちゃくちゃ」


 志保が説明するには『基礎』というのは冒険者自身の身体能力を変換したものだそうだ。

 年間王者の常盤永久は消防士の仕事もしているため『基礎』の値が高いはずということである。

 『レベル補正』というのはレベルを上げるごとに追加されるもので、ランダム要素はなく全冒険者に定量で追加されるという。

 体力が10、攻撃力が5、防御力が3、魔防力が1ずつである。

 『装備補正』というのはそのままだろう。

 今の装備は初期装備らしい。


「しかしわからない」

「なにが?」

「この世界においてはお前くらいの体格でも普通だろう。となれば一部を除いて、基礎の値はどいつもこいつもこんなもののはずだ。レベル補正と初期装備も全冒険者に共通となれば、お前だけが苦労する意味がわからない」


 そもそも現在の志保のステータスでどうしようもない設定になっているなら、冒険者の強さや人気にこれほどの差が生まれるとは思えない。

 

「あー……それはその……」

「どうした?」

「実はな」

「ああ」

「最初のステータスでモンスターを倒せることはほとんどないねん」

「ならどうやっているんだ?」

「倒されへんなりに何回も挑戦して動画投稿して再生数を稼いで。ほんで装備を整えてからモンスターを倒してレベルを上げて成長して行くんや。中にはダンジョン外で筋トレしてから基礎を上げてモンスターを倒すって企画で人気出た人もおるけど」


 動画投稿で人々を楽しませるとは聞いていたが、その再生数と装備の強化の因果関係が良く分からない。


「推察するに再生数が増えれば金が貰えるのか? 確かエンだったか」

「その辺も説明するな」


 志保は再びスマホを操作すると、以前三郎に見せてもらった冒険者の公式サイトを表示させる。

 そして、冒険者一覧のページではなく投稿動画のページを開いてくれる。


「ここで冒険者が撮影した動画を視聴できるねん。冒険者はダンジョン攻略に関係ある動画なら何でも上げることができる。ダンジョン内の戦闘とかさっきの筋トレとか。あんまり関係ない動画あげてると削除くらうだけやなくて、しばらく投稿できへんくなるけど」


 そう言いながらページを色々と見せてくれる。

 総再生数ランキングや注目ランキングに上がっている動画は数百万再生がざらである。

 中には数億再生の動画も存在している。


「この国の人口は1億ちょっとと聞いているが」

「1人が複数見ても回数に計算されるし、動画を見るだけなら外国からも視聴できるし。ほんで動画の再生数がな、そのまま冒険者にはポイントとして付与されるねん」

「ポイント?」

「そのポイントを使って装備を整えることができるんや。他にもポイントの5分の1を換金することもできるねん」


 なるほど。

 そうやって装備の強化をするか稼ぎにするかを選択させるバランスになっているのか。

 金を稼ぐためにそう簡単に装備更新はできないが、かといって装備更新をしないと稼げる動画を撮るのが難しい。

 

「投票による賞金以外は動画の再生数で稼いでいるわけだな?」

「まあ、ウチみたいな高校生はそれでもええけど、大人の人はけっこう兼業してる。さっきも言うたけど常盤さんも今は冒険者だけで食べてけるけど、それまではそうやなかったから消防士をしとるし」


 確かに仮に100万再生の動画を1本作っても得られる金は20万円である。

 ハンバーガーやタクシーの物価から推察するに、それでは家族を養うには少々心許ないであろう。

 全動画の再生数がポイント付与の対象であるから、それだけのヒット動画を作る必要はないかもしれないが、逆にそうなると動画数が必要になる。

 冒険者というのはどの世界でも大変なのだな。


「となると投票の賞金が大きいのか?」

「うん。3か月おきの投票の場合は10位までの人に、その区間で集まった収益が分配されるねん。ほんで年間順位の場合は金額固定で1位の人やと10億もらえるんや」

「つまりあの常盤永久とかいう男は10億円を手にしたのか」

「ほんま夢のある話や……」


 それだけの稼ぎがあるエンターテイナーとなれば確かにスターと言っても過言ではないな。

 三郎の言っていた『潜って屠れるスター』というは本当だったようだ。

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